他ならぬ君の為ならば


 暗部から正規に異動した。
 多少なり時間的余裕が生まれたものの、同期と飲み会に行くような気持ちにはなれなかった。

 (そういえば、遼の店で買った本、一冊まだ読んでなかったな)

 夕飯食べて、本を読んで寝よう。
 明日の任務は朝早いから、読み耽って夜更かししないようにしないとな。

 夕陽が落ちて暗くなった道。そんなことを考えながらゆったり歩いていると、見知った人影が電柱に寄りかかっていた。

「ゲンマか」
「どうも」

 どうやら、オレに話があるらしい。
 彼が柱から背を離したので、こちらも足を止める。

「言っておくけど、今日の飲み会なら行かないよ。明日朝早いから」
「知ってますよ」

 だろうな。

 ゲンマは昔から踏み込み方が上手い。こちらが触れて欲しくない部分には、積極的に触れて来ない。無理強いもしない。
 ただ、必要だと判断した時には必要な分だけ手を伸ばしてくる。そんなヤツだった。

「正直、来たくないヤツ引き摺っていくような真似は心の底からしたくないんですが」
「事情でもあるの?」

 への字に歪む口元から、おおよそアンコあたりが何かしでかしたのだろうと察した。
 あいつ「時間があるなら顔見せろ」って喧しかったからな。

「アンコに人質取られました」

 斜め上だった。

「お前のコレ?」
「そんなんじゃありません」

 小指を立てたら「古い」と一蹴される。

「物心ついた頃から一緒にいる。守るって決めてる相手です」

 暗がりの中で、鳶色の瞳が鋭い光を宿した。
 
 (これは多少の交戦を覚悟しているな)

 正直、飲み会如きで大袈裟だと思う。同時に、普段冷静なゲンマをここまで動かす相手に興味が湧いた。

「顔出すくらいならいーよ」
「ありがとうございます。店入ったら対象を即捕獲するので、後は適当に切り上げてください」
「了解」

 助かった、と肩を叩かれた。
 両手をポケットに入れて少し前を歩くゲンマの顔は、すれ違いざま安堵の色を浮かべていて。

「お前、本当にその相手と何もないの」
「ありません。あいつはアレです。いつ爆発するか分からない起爆札みたいなもんです」
「それ役に立たなくない?」
「ただし、爆発すると一帯を焼き尽くします」
「迷惑だな」
「だから回収しに行くんスすよ」

 表情とため息混じりな声がどうにも噛み合っていないのを見て、早まったかなという思いが胸を掠めた。




 居酒屋の暖簾を潜った。店の奥、左手の座席に見知った顔が揃っていた。
 紅とアスマが、店に入って来たオレとゲンマに気付いた。その反応を見た向かい側のアンコが、こちらを振り返ってジョッキを上げる。

「やっとお出ましね!」
「おお、来たのか!」

 ガイはともかくとして、珍しいことにイビキやライドウ、エビスまでいる。

 そして、アンコとイビキに挟まれている背中。あれがゲンマの救出対象なのだろうが。

 (なんだ、この既視感)

 イビキの隣だと際立つその小さな背中には、どうにも見覚えがあった。

 彼女は皆がこちらを見ているのを不思議に思ったらしく、自分もゆるりと振り向いた。そしてオレと目が合うと、唐揚げを咥えた口がぴたりと止まる。

「む」
「え」

 遼だった。

 唐揚げに加え、冷奴、フライドポテト、イカ足の唐揚げ、手羽先、野菜サラダ、たこわさ、もつ煮……、居酒屋惣菜に囲まれて盛大なもてなしを受けていた彼女は、メガネ越しの瞳をまん丸にして言った。

「ふぁふぁふぇふぁん」
「ごめん、なに言ってるか分からない」

 口に物入れたまま喋るなよ。行儀悪い。

 止まっていた口が、もごもごもごと忙しく動き嚥下した。

「じゃあ皆さんがおっしゃってた同期って、はたけさんのことだったんですか」
「カカシ、アンタいつの間に遼と知り合ったのよ」

 アンコの意識がこちらに逸れたところで、ゲンマが素早く遼の腕を掴んで引き抜いた。

「あ、ご飯が!」
「そこじゃねーだろーが」
「来てくれてありがとう不知火くん」
「遅い」

 だがやはり惣菜が惜しいらしい彼女は、あろうことかイビキに「すみません、森乃さん。そこの手羽先取ってもらえませんか」と宣った。イビキはイビキで、「仕方ねえな」と苦笑しながら大皿ごと手渡す。

 待て、どうしてそんなに仲良いんだ。お前、そいつが誰だか分かってる?暗部の拷問・尋問部隊の隊長だよ?心理的に追い込むことについては容赦ないサディストだぞ。なんで、近所の兄ちゃんと話すように和やかなんだよ。

「とりあえず座れよ、三人とも。突っ立ってたら店に迷惑だろ」

 アスマが煙を燻らせながら自分の隣を指した。
 ゲンマが「どうする?」と視線を寄越す。別にこのまま帰っても良いのだが。

 (こいつらとどういう関係なんだろう)

 遼を見下ろした。手羽先の皮と格闘していた彼女が、こちらを見上げて小首を傾げる。

「一杯だけもらうよ」
「なーに言ってんのよ。やっと来たんだから十杯くらいいきなさいよ!」
「明日任務なんだってば」

 酒を頼むアンコに釘を刺しながら、オレは座席に上がった。
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