ほら、言うとおりでしょう?
叶わない口約束の先が無くとも明日は無くともそれでも君を愛してる
次の日、私は自分の荷物を片付けた。もとから景吾さんの家にはなんでもあったから家から持ってきたものは本当に必要最低限で、片付けるのはあっという間だった。
いや、こうなることがわかっていたから少なくしていたという方が正解なのだろうか。
クローゼットにしまってあった洋服たちはあとで使用人のかたにおくってもらおうと、とりあえず整理だけ。
「さよなら。」
この部屋も最後だね。
軽めのボストンバッグをゆっくり持ち上げた。私は、一人でここを出た。
次に向かったのは、景吾さんの部屋だった。コンコン、と控えめにノックをすると、いつもはいないのに今日は「入れ。」と彼の声が聞こえた。
ゆっくりと、重厚感のある部屋のドアをあけて、一歩を踏み出した。
「景吾さん…、今までありがとう。
指輪、おいておくね。」
これは、決めていたことだった。もとから何の効力ももたない指輪だったけど、ただ惰性でもっていたこれはもう私には必要ない。
返されても困るだろうけど、私がもっていていいものじゃないのだ。
そう、思っていたのに。
「いや、お前が持っていてくれ。
それはもう有海にあげたものだ。」
「…え?」
「有海、本当に好きな人ができたら捨ててくれればいい。」
彼と視線が絡まった気がした。指輪を机に置こうとした腕が、景吾によって止められて、返すことは許されなかった。
どうして、なんて聞けずにそれをまたしまいこんだ。
本当に好きな人、としつこく私に言い聞かせる彼の心はわからない。
本当に好きなのは、景吾だよ。とは言えなくて、ここまで取り返しのつかないところまできてしまった。
「…わかりました。」
「ああ、見送りはいいな?」
「うん。ばいばい。」
景吾さんと、離婚した。
もう二度ともどれないふたり。
**
「ただいま。」
「…おかえり、有海。」
景吾さんの家からそのまま進藤の実家に帰ってきた私を、お母さんは全てわかったように穏やかに迎えてくれた。
ごめんね、跡部とのつながり、消えちゃうかもしれない。
そうつぶやいたのはお母さんが抱きしめてきたことにより、うまく発せられなくなってしまった。
「いいの、有海。
お疲れ様、家のためにありがとう、
今度は有海が幸せになれるようにお母さんなんでもするからね。」
「お母さん…!」
景吾さんと結婚したこの期間はきっと夢だったんだ。そう思わなきゃいられないくらい疲弊していた私を慰めてくれたのはお母さんだった。
「あ、りがとう。」
「今はただゆっくりおやすみ。」
そうして、だんだんと私は彼を忘れていったはずだったのに。