いわなきゃ。私が。
他に誰がいるの?私が決めて、ちゃんと彼に伝えようと思った。それが嘘か本当かなんてこの際どうでもいいのだ。嘘をついたほうが彼にとっていい方向に向かうならそれはもう私ができる最後のことだから。
真っ白なベットから私はもう何年も離れることは出来ない。いつとまるかもわからない私の弱い弱い心臓はいつだって私を苦しめてきた。この部屋の壁みたいに私の肌はもう何年も満足に自然の光を浴びていないので、不健康に真っ白で、彼との違いを如実に表してるみたいで。
初めてだったの。私がここにいてよかったと思ったのは。幸村くんと出会って、恋に落ちて、私が病気になったのも全て幸村くんに会うためだったんだなって思ったら今までの辛いことも忘れられる気がしてたよ。ありがとう、本当に感謝してるんだ。
こんこん、とドアがノックされる音がして、視線をそちらにむける。どうぞ、という私の声とともに静かにドアが開けられて、端正な顔立ちが隙間に現れて少し申し訳なさそうに目尻をさげて笑った。
「元気?
なかなか来れなくてごめんね。」
「幸村くん、きてくれたんだ。
ありがとう。」
なんとなく、今日彼が来ることは予想できていた。前にあった時から2週間。また、少しだけ日焼けしたその腕には、私の大好きなピンクと白い花束が抱えられていた。
そのまま窓際にうつって花瓶に手をかけた幸村くんを、手で制した。
「幸村くん、話があるの。」
多分、聡い彼はこの"話"があまりよくないのに気づいたんだと思う、少しだけ眉を寄せた。なに、と静かに口が動いて、ゆっくりと目が合う。
私は逃げたかったけど、そらすわけにはいかないから、じっとその彼の瞳を見つめた。
「あのね、別れて欲しいの。」
それは案外すんなりと口に出た。空気がぴんと張り詰めたのを感じながら、見ることができなくて視線を逸らした。
今、幸村くんがどんな顔をしてるのかは分らないけど、彼が息を飲むのがわかった。
「な、んでだい?」
「私、他に好きな人が出来たの。
この病院の人なんだけど、年上で、すごく優しくて、かっこよくて、私のこと好きだって言ってくれた。
我儘なのは知ってる。だけど、もう幸村くんとは付き合えない。」
そこまでは一気に、畳み掛けるように彼に告げた。一言も間に挟ませないように、私の気持ちが揺るがないように。
がらがらと、私たちが崩れる音がした。
私たちがであったのはやっぱり病院だった。彼は未来有望なテニスプレーヤーだったらしくて、その時から私たちは違う人間で一緒にいてはいけなかったんだろうな。
お互いを慰めあっていた。でも、彼の手術が成功したとき、本気でよかったなって思ったよ。幸村くんが幸せそうに部活のこととかテニスのこととか話してくれるのが本当に好きだった。
好きだったんだよ、だからね。
「そういうことなら、勝手にすればいいよ。」
「うん、ごめんね。
幸村くんも、幸せになってね。」
彼ががたりと傾いて、花束を落としたぱさりという音だけが病室に聞こえる。ゆっくりと体がうごいて、そのままドアへ彼が向かうのを私は止められなかった。好きだよ、は伝えてはいけないのだ。
彼の横顔は怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。眉間には皺が寄っていて、下唇を噛んでいたけど彼は美しかった。
「ばいばい。」
閉じられたドアに、小さな声で呟いたそれは届くことはなかった。
幸村くん、幸せになってね。
その3日後、私はゆっくりと永遠の眠りについたことを彼は知らない。
私はこの世からいなくなるでしょうが、思い出にまた貴方に会いたいものです。