"今すぐ行くで"



彼の声が今でも聞こえた気がした。優しくて心地よい声が頭の中を何回でもリピートして、私を離さない。蔵之介はいつだって私にたくさんの優しさと、安心と、そして愛情をくれた。そこには一寸の惜しみもなくて、ただ私のことを愛していて、私も蔵之介が好きで好きでしょうがなかった。
二人の間には、もう何も障害はないと、確信していた。




向こうで会おうか、

前日、蔵之介は言った。もう半同棲生活をしていた私たちだけど、蔵之介はきっと気を使ってくれたんだと思う。
昔、付き合いたての頃、私が言った些細なこと、待ち合わせの待ってる時も相手を見つけてはしるときも好きだな。
結婚したら、もうそんなこともなくなると思うから、これが最後だね、なんて笑いあいながら私の方が支度に時間がかかるからと早く家を出た。



二人で選んだ結婚式場は白を基調としたまるでお城みたいなところだった。そこに蔵之介といる自分はお姫様みたいだな、と思って嬉しくなってはじめてみたときからここにすると決めていた。
それを蔵之介は隣でわかってくれて、全て受け入れてくれたね。


式場は私たちが招待した人たちが着々とあつまり始めていた。私の準備も大詰めになる。誰もがあこがれ純白のウエディングドレスと、普段の自分じゃないみたいな綺麗なお化粧と髪型を身に纏い、薄いベールの中で、喜びに小さく笑みを浮かべていたその時、











蔵之介が、事故にあったってーーーー。



そこからはもうよく覚えていない。ドレスが汚れることも構わず、誰かが止めるのも振り切り、病院へ走った。
信じられない気持ちと、蔵之介のおばさんが嘘をつくなんて思わない気持ちが交錯して私の足を動かしていた。道行く人が振り返って私を奇妙なものでも見るように見ていた。


だって、さっき電話したときは、すぐにくるって言ってたのに。
はやく私のドレス姿見たいって、はやく結婚したいって言ってたのに。


蔵之介が目を覚ますことはもう二度となかった。柔らかいミルクティー色の髪の毛も、穏やかな関西弁も、慈しむような視線ももう全て、この世には意思を持って存在しない。ただ、ベット上で静かに眠っていた。泣きながら握った手は、夏なのにまるで凍ったように冷たくて、握り返してくれた彼の喪失しかそこにはない。









ねえ、私は今でも待ってるよ。九月の長い月も終わり、有明の月もでてきて、それでもずっとずっと、蔵之介の言葉を信じてるから。


二度目の長い夜はどう過ごせばいいのですか。






今すぐにも行くよ、とあなたが言ってきたばかりに、九月の長い夜を待ち続けて、とうとう有明の月を待ち明かしてしまった


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