「ねえ、別れようか。」






彼は窓の外を見ていた。


気づいたのはいつ頃だっただろうか。
教師の解説が耳を通り抜けて行く。サボり癖のある仁王だが、ある特定の曜日、時間の授業には出席しているのだ。
その理由を私は知っている。
おそらくこの学校でそれを知っているのは少ないだろう。気だるげな仁王は感じさせないくらい自然にやってのけているのだから。




仁王は窓の外の、あの人を見ている。




3Bの教室からは違う棟の物理室がよく見える。普段の授業の棟とそんなに離れていないし、渡り廊下を挟んで斜め前に、その人はいる。


いくら立海がマンモス高だからといっても、そんなに多くない物理科の女の先生だった。

ストレートの肩まである黒い髪の毛と、黒目がちな瞳。まだ若いのに、授業は分かり易いし、生徒思いのいい先生という噂はよく聞いている。さばさばとした性格も高評価らしい。





3年間仁王とは同じクラスで、一度だって私たちはあの先生の授業を受けたことがなかったから、接点なんてないと思っていたのに。







"好きじゃ。"

"な、なに言ってるの仁王くん。
冗談はやめなさい。先生をからかうんじゃありません。"

"冗談じゃなか。
俺は先生が好きじゃ。"



あの日、あの時、物理室の前の廊下を通らなきゃよかった。

聞いてはいけなかったのだ。その二人の逢引も、私は知ってはいけなかった。知らなかったら幸せなはずだった。



一度崩壊した私の心はもう修復できない。

最初はそれでもいいと思っていたのに、いつだって仁王の中に先生はいたから。何を話していても、何を見ていても、二人を切り離すことなんでできなかった。もう、全部信じられなくなっていた。
あの人が好きなら、なんで私を選んだんだろう。はけ口に誰かが欲しかったなら、せめて最後まで知らなかったらよかったのにな。





"なあ、お前さん、俺んこと好きじゃろ?
付き合うか。"


仁王の気まぐれに始まった交際は、全部あくまでカモフラージュだったのだ。私の気持ちを無視した、あまりにも都合のいい嘘。
キスも繋いだ手も好きだった私の気持ちも偽りにかわってしまった。

私は好きだなんて、一度だって言われたこともないし、ましてや窓の外をみつめるその愁いを帯びた視線も向けられたこともない。そんな中で、二人の関係と私の存在価値を知ってしまった私はーーー、








「…なして?」


「そんなの、仁王が一番よくわかってるくせに。
大丈夫、誰にも言わないし、
綺麗にいなくなるから。」




目を閉じたとき、まぶたにはいつも仁王が浮かんだ。好きなったきっかけなんて些細なもので、見透かされて嘘にまみれた付き合いだったけど、それでも私は彼がどうしようもなく好きだった。

目に涙が溜まって行くのが自分でもわかっている。
でも、最後は気高く消えてあげるね。












(スタートラインはどこだったのかな)



title.by例えば僕が


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