もう、無理だと思った。


それは日々の些細なこともそうだし、何より自分以外に向けられる視線に耐えられなかった。
いいよ。なんて言えない。次はきっと。

きよすみ、つぶやいた声を拾ってはくれず、彼はまた違う女の子みているのだ。
いつだって彼の瞳は多くの人を映すようにできていて私は彼しか見えないようになってるなんて世界はなんて不平等なのだろう。思っても仕方のないことがただ頭をループした。

二度と戻れない。


教室の窓から、空を見上げた。
青空から、少しずつ暗くなり、やがてオレンジも消えようとしていた。ここからテニスコートを見ながら彼を待つことが日課だった。それも半分は彼が他の女の子と帰るのを見送って無駄になっていたが。
いつからだろう、なにも言わなくなったのは。
悲しいよ。気づいてしまった。言っても何も変わらないから私は見て見ぬふりをしていた。ここ最近は話もあまりしない。

彼はもてるから、いわゆる派手な女友達がたくさんいて、中には関係をもったと公言している人もいて、一応正式な彼女の立ち位置にいた私はよく呼び出しもされていた。しかし、私にそんな価値もないことを彼女らもだんだんと分かっていて、やがて同情をくれるようになっていた。



帰ろ。

誰に言い聞かせるでもなく、一人で片付けを始めた。もう道は暗いだろうけど、慣れてしまった。
ねえ、私は本当に清純のカノジョでしたか。彼の口癖であるその甘い言葉を久しぶりに聞きたいと思ってしまった。きっと今頃は隣のクラスで可愛いと噂になってるマネージャーの子にささやいているんだろうな。自嘲気味に少し笑って、持ち手がよわくなったスクールバックを持ち直した。

とんとんとん、ゆっくりと階段をおりて職員室にいる先生に用事を済まして生徒玄関へ向かった。きっともう玄関は閉じられてしまったから職員のほうへ回る。
ひとの気配を感じない廊下は私の歩く音しか響いていない。





「清純…。」



職員玄関の扉によりかかるようにして、オレンジの鮮やかな髪が私の声に反応して揺れた。
清純がそこに立っていた。

昔、まだ一緒に帰っていたころ、彼とこうやってここで待ち合わせをしたことをデジャヴのように思い出した。そして、久しぶりに本当の彼を近くでみた。

なんているの、私の目は彼に向いた。清純は伏せていた目をあげて、何もなかったかのように誰にでもむけるへなりとした笑顔を浮かべていた。




「有海待ってたんだ。
一緒にかえろうよ。」


そんなに近くにいるわけでもないのに、ふわりと薫る女物とわかる香水が嫌だった。よりによって今日、清純はどういう気持ちなのか少しも読めない。
崩したような笑顔はまだ貼り付けられていた。ゆらり、揺れた気がしたけど、それは何も言わない私のほうへ彼が動いただけだった。




「ちょっとお、無視はひどくない?
ね、いこ!」

「…ごめんね。」



清純は無理やり少し強めに私の手をとった。
私はそれを言葉とともに拒否して、夕日のほうへ歩き出した。校門が逆光で暗く光っている。私は構わず歩いている。





「まってよ有海
最近一緒に帰れなかったこと怒ってるの?
ごめんね!今日からずっと一緒にいよ、」





何処か焦った様子の清純が私を追いかけて、無理やり私の隣に並んだ。私に合わせていつもより早歩きになる。必然的に彼を見上げると、目尻を下げてやっぱり笑う君がいた。





「今日はどこにいこうか。
疲れたなら明日でもいいよ。
前に話してたクレープ屋さんなんてどうかな?」

「…無理だよ。」

「そっか!急だもんね、仕方ないか!
じゃあ来週は映画でもいこうよ」

「来週も無理だよ。ずっと、無理だよ。」





消え入りそうな声だったけど、清純には届いたらしい。彼の目が驚いて見開かれたのをみて、湧き上がる罪悪感から視線をそらした。その隙に私は逃げるようにまた足を早めた。



「なんだよ、それ。」


彼はすぐに追いついてきたけど、もう私は清純を見ることなく、前だけをみて歩いた。
もう、終わるのだ。
不毛な恋は。いくら清純が私に甘い言葉を投げたとしても、今更。
信じることはできなくなってしまった。





「…変な噂が聞こえたんだ。
有海が転校するって。九州の遠いところにいくって。

嘘だよね、そんなの。」




時間がとまった気がして、さっきまでは煩かった虫の声も今は聞こえなかった。
清純は泣いていた。私は泣けなかった。肯定も否定もできない私を彼は濡れた瞳でずっと見ていた。





「有海、行かないで。
ありきたりだけど、君がいなくなるって考えたらもうダメなんだ。俺には君しかいないゆだ。
今までさんざん浮気もしていたけど、それでも、ねえ有海、」




(翌日、私は飛行機で飛び立った。)



title.たとえば僕が
よりお借りしました。


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