一週間後、みんなが部活終わりにまた来るという。彼らには有海が目を覚ましたことも、何も覚えてないことも伝えてない。伝えられなかった。彼女は一体どんな気持ちでこの記憶をないものにしたのだろうか、想像するだけで苦しい。

コンコン、ノック音が聞こえて、ドアがひらく。そして、次に彼らの驚いた表情が見えた。


「有海…!」
「起きたのか…?」

「すみません、私何も覚えてないんです。」


驚いて有海に駆け寄ろうとした彼らは有海の言葉で足を止めた。驚きに目を見張り、二年ぶりに動く有海を彼らも俺同様に確かめるように見つめていた。



「どういうことだ、精市。」
「有海は、俺たちの記憶がない。
お医者さんが言うには一時的な記憶喪失らしいが、なにぶん既に時間が立ちすぎている、戻るかは分からないそうだ。」



視界のはしで佳奈が泣いているのが見えた。俺だって泣いた。俺が見たかったのは、いつだってあの頃の有海で、このまま記憶が戻らないほうが俺らにとってもラクなことだと最初は考えたが、それだとみんな幸せにはなれない。あの地獄は確かにあったことで、それは決してなかったことにはできないのだ。



「有海聞いてほしい。
俺は一週間前、目覚めた君に俺たちは同じ部活をしていて、その時に事故で有海が怪我をしたと言ったね。
でも、それはちがうんだ。」



部員たちはだれも口を開かなかった。俺の決意を感じとっていた。全てを言うことが有海にとって辛いことなのはわかっていて、これが有海のためにはならないかもしれないけど、それでも。



「俺たちは有海をいじめていた。
嵌めて、殴って、いっぱい酷いことも言った。
有海が屋上から落ちたその日、俺たちはきっとまた君を追い詰めた。
謝って許されることではないけど、せめて、謝らせてほしい。
本当にすまなかった。」



俺があたまを下げたと同時に、みんなも泣きながらごめんな、と謝るのがわかった。
俺はさっき、言わないと幸せになれない、なんて思ったが本当は、俺たちが確かに一緒にいた時間を忘れてほしくなかったからかもしれない。
おもいだすのは苦しそうな顔ばかりだけど、彼女はたしかにあそこで笑っていた時もあったのだ。そして、俺はそんな有海が好きだった。


「…精市。」


顔をあげたのは、彼女の微かな声が聞こえたからだった。驚いて勢い良く顔をあげて有海をみた。
病院での有海は俺のことを他人行儀に幸村さんと呼んでいたから。
病院の電子音が、遠くからなっているように聞こえた。



「…ごめんね。
私実は全部覚えているんだ。全部。

目が覚めたとき、怖くなって、なくなっちゃえばいいと思った。そしたらもうテニス部と関わることもなくなるって。
だから、記憶喪失のふりしてた。」



彼女の言葉は衝撃的だった。だれも動けなかった。


「本当は、言わないつもりだった。
全部無かったことにしたくて、そうしたら精市たちのことも忘れられるんじゃないかって思ってたのに。
不思議だね、怖くて仕方ないはずなのに、私、みんなのこと大好きなんだ。」



彼女は笑っていた。日が落ちて、病室の電気で明るくなっている部屋の真ん中、もう何年もみていない有海の笑顔。俺たちが壊して二度と治せないと思っていた。
空気が変わっていた。二年間、ずっと通い続けたこの病室も有海がいて、話しているというだけで全てが変わってみんなを包んでいるように感じた。



「有海。ごめん。
陳腐なセリフだけど、有海がいなくなってはじめて君の存在の大きさに気付いた。

できるなら、昔に戻りたい。
また、笑い合いたいんだ。」



彼女のふりに驚いてないわけではないが、そんなことより伝えたいことがあった。精一杯の謝罪と、未来のこと、そして俺の気持ちも。有海がなくしたいと思った過去も、彼女は受け入れてくれたのだ。


「もう一度マネージャーをしてくれないか。
俺もテニスをまたはじめてみるから。」



彼女は微笑みながら、ゆっくりと頷いた。


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