開けっ放しのまどから、冷たい夜の風が突き刺さるように部屋の中をうごきまわる。しめなければ、と思うのに体は思うように動かなくて、気づいたら頬を涙が伝う。
忘れたはずの恋は、彼を見るたびにまた蠢き私をいつまでも縛り付けた。
彼のくせのある柔らかな髪も、鋭い視線も、彼からもらったボールもブレスレットも、愛情もすべて。いくら月日が過ぎたとしても忘れることなんでできないのに。
彼はもう忘れてしまったのだろうか。


「有海先輩っ、好きっス。」

やけに綺麗な月が部屋の中を照らしていて、ぼんやりとにじむ。
消えない幻想は、今の私にとってあまりにも都合のいい。


「別れよう。」

そう告げたのは彼ではない、わたしだった。高校卒業とともにプロになり、海外を転々とする赤也を想像するのは容易で
その隣に私はふさわしくないと思った。
否、赤也に捨てられたくなかった。

告げたのは私なのに、私は今も彼を諦められない。その証拠に無意識に赤也の出る試合はいつも見ていた。それがいけなかったのか。



「勝利おめでとうございます!
相手はランキング上位の選手でしたが、どうでしたか。」

「そうですね、相手は確かに強かったスけど、俺が勝てたのはある人がいたから。
この場を借りて、ちょっといいっスか。
本人にどうしても伝えたいことがあって、たぶんこれ見てくれてると思うんで。

好きです。結婚してほしい。」


ベスト4がかかった大事な試合のあと、着替えてメディアの前にでた赤也は手に光る指輪を持っていた。
まだ、渡してないんスけど。
朗らかに笑う赤也が羨ましかった。

彼は前に進んでいるのだ。ヒーローインタビューでテレビの前に出て、日本人プロテニスプレーヤーとして露出も増えてきて、彼は愛する人と結婚するらしい。
見なきゃよかったこんなの、と二日間泣き続けた。ようやく泣き止んだとしても、ふいに彼と過ごした高校生活が思い浮かんでまた涙を誘った。
あの時、別れを告げなければこのインタビューも私に向けられていたのかなんて、今となってはもう分からないし、知りたくもなかった。テレビでしか見られない赤也はもう昔とは違った。

泣いて泣いて、ようやく今まで捨てられなかった赤也のものや写真を整理しはじめたのは三週間がたってからだった。
いつものように仕事から帰宅し、夜にまとめたものを捨てようと思っていた。

こつこつこつ、聞き慣れた自分のヒール音を聞きながらかけた月のしたを歩く。今日は仕事が立て込んでいていつもより遅くなってしまった。それでも、私は今日荷物を全て捨てようと思っていた。慣れた道に夜の鳥が鳴いていて、いつもと変わらない日常だと思っていた。
しかし、


「いつもこんな帰ってくんの遅いの。」


あの日より大人びた赤也が私のアパートの入り口に寄りかかるようにして立っていた。
癖のある髪も、目つきも、愛おしさも、なにも変わらない彼がいた。大きなキャリーと、手提げかばん、そしてラケットをもって、私をじっと見つめていた。
気づけば、私は泣いていた。高校のときからどうしようもなく赤也が好きで、忘れることなんて無理だった。
なんで、という疑問は口が動いたのに声にはならなかった。


「相変わらず泣き虫スね。
あんたは、別れたと思ってるかも知れないけど、俺はそんなこと思ってないし、いつだって有海さんのこと、考えてた。」


赤也は何も言わない私に近づき、そうっと抱きしめた。持ってきていた荷物もぜんぶ投げ捨て、存在を確かめるように。
私もおそるおそる、手を回した。彼が驚いたように一瞬躊躇して、今度はさっきより強く。
まるで合わなかった期間をなくすかのように抱きしめあった。


「見てくれてたでしょ、インタビュー。
ずっと気持ちは変わってない。返事を聞かせてほしい。
結婚しよう。」


私の答えは一つしかなかった。



呆れるほど、鮮やかに
(はい。)


title確かに恋だった
よりお借りしました。


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