昨日一日かけてつめた大きなボストンバッグをもって、えっちらおっちらそんなに遠くない駅までの道を歩く。
もう戻ってくることはないだろうから、この道も最後になるのかな、なんて感慨深く歩いていたらいつの間にか空は真っ暗になっていた。

去年の今頃ははじめての結婚記念日だったから柄にもなくはしゃいで、甘いのが嫌いだという景吾のために甘さ控えめのケーキをつくったりもした。
結局それを食べてもらうこともなかったけど。



街頭できらめく道の横を歩いていたら、視界の端に景吾の愛車がうつった気がした。
なんて、都合のいい幻想か。





「おい、どこにいく。」
「景吾…?
なんで。」



最初はやっぱり見間違えかと思った。でも後ろから私の腕を掴み、強引に振り向かせた人は景吾だった。

私の予想なら、今日はあの人と一緒だと思ったのに。




「なんでだと?
ふざけたこと言いやがって。
なんで家にいない?」




そこまで言って、彼は私の荷物に気づいたようだった。景吾の視線が大きなボストンバッグにいく。
私の腕を掴んだときから刻まれている眉間のシワがさらに深くなった気がした。




「帰るぞ。」
「ちょっ…、まって!」
「いいから乗れ。」



景吾はなにも言わなかったが、掴んだままの手が強くなった気がして、私は彼の言う通りに車に乗り込んだ。
となりに景吾がいる。久しぶりに感じる体温に体は素直に喜びそうになり、でもどこかで歯止めがかかった。
わかっている、彼にはあの人がいる。

じゃあ、なんで。
疑問は聞けなかった。

代わりに重々しい空気の中いらついた景吾が口を開いた。




「家をでようとしたのか。」
「…。」
「ッチ、
…今日で2年だろうが。」




私は驚いて、隣で運転を続ける景吾を見上げたが、彼はいらついた表情で前を見つめていた。怒っているという以外、私は彼が何を考えているかわからなかった。




「嫌いになったのか。
それとも他にいいヤツでもできたのか。」
「そんなわけっ、」
「じゃあなぜだ。」




彼の体がこっちをむいた。不安ともとれるような、視線だった。
しかし、それに囚われた私はもう逃げられないとどこかで悟っていた。初めて景吾をみたときから、私は彼のまっすぐな視線が好きだったから。




「け、いごこそ。
私のこと好きでもないくせに。」
「…アーン?」



もう耐えられなかった。
となりにいるくせに、かすかに匂う女物の香水にも。

家についた途端、わたしはすぐさま車のドアを開け、走った。
まとめた荷物もおいて、とりあえず逃げなければと思って、夜の道を走った。

でも所詮わたしの体力なんてたかがしれてて、すぐに疲れて立ち止まってしまったけど、周りをみわたすとそこは家の近くの公園だった。

いつか、景吾と私の子供ができたら通わせようと思っていた昼間は喧騒であふれているが夜の今はしんと静まり返っている。





「有海、どういうことだ。」

彼はいつの間にか、私に追いついていて、テニスをやっていたという体は衰えをしらないようだ。






「私がいなくなるから、
カナさんと景吾が結婚すればいいよ!!」

「…おまえ、なんでそれを。」

「知ってたよ、私。
景吾とカナさんは私がいなければ幸せになってたんでしょ。
全部、私が悪いんだよね。」





もう止められなかった。
いうつもりなんてなかったのに。

静かな公園で、私たちの声だけが不釣り合いだった。
私はきっと泣いていた。



「すまない。」



謝るくらいなら、あの時私を連れ戻さないでほしかったよ。



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