この仕事がひと段落ついたら、有海と結婚しよう。
そう決意してしばらく経つけど、まだなかなか落ち着いた時間は取れないし、
なによりただでさえ家に帰れない俺のプロポーズを断られるかもしれないと思ったらなかなか行動に移せなかった。
そんなとき、
有海は家をでていった。
2人で買った家具もそのままに、思い出と一枚の手紙とリングだけ残して、彼女はもういない。
「忍足せんせい?
だいぶやつれてるますけど、少しお休みになったらどうですか?」
そう言ってくれる人もいるけど、俺は有海のいない穴を仕事で埋めるしかなかった。
やさぐれていった心とは裏腹に、忍足先生としての俺は成功していった。
でもどんなに、助けた患者に患者を言われても、周りの人間に褒められても俺は満たされないし、いつもどこかで有海を求めていた。俺が仕事をがんばっていたのはすべて彼女のためだったのに。
俺は二週間前から、月曜日だけ研修として隣の県の大学病院へきていた。時々ではあったが、夜間救急もして、余計睡眠時間を削っていた。
「進藤さーん。」
今日はその夜間の日で、偶然聞こえたその名字に俺は前の患者のカルテから顔をあげた。
「進藤まりなさんこちらへどうぞ」
あぁ、なんだ。やっぱり有海ではないかという落胆をすぐに切り替えて。
「え…?
侑士…。」
しかし、そこにいたのは確かに有海だった。
横には泣きじゃくる子供をつれて。
その時俺はなんとなく、理解した気がした。
「久しぶりだね。
このこは娘なの。
今日夜コップ割っちゃって、ふんずけちゃったみたい。」
何事もなかったかのように話す有海は昔より少しとしをとって、洗礼された美しさをもっていた。
「なあ、その子…。」
「私ね、侑士のところを出てく時、赤ちゃんがいたんだ。
でも侑士の気持ちがわかんなくて、でも愛する人の子供だったからどうしても産みたくて。
勝手にでてっちゃってごめんね。
今更親権がどうとか言うつもりもないし、侑士の幸せを壊すこともないから。」
「な、にゆうとん。
有海がいない二年間少しも幸せやなかったわ。
お前はいま幸せか。」
「幸せだよ、まりなと二人で。
でも、侑士もいればきっともっと楽しいかもしれなかったけど。」
有海の目は伏せられていて、よく表情がつかめないけど、でも俺は今しかないと思った。
「有海、いない間もずっと考えとった。不安にさせて、ごめんな。
今度は3人で住もう。一緒に幸せになろう。」
これからも不安にさせると思うけど、今度は幸せにするから。
結婚しよう。
有海は泣いていた。付き合ったころも見たことのない涙だった。
となりで有海そっくりで、でも目元が確かに俺ににてるまりなが心配そうに見つめてた。
「俺な、まりなちゃんのパパやねん。
今まで一緒におれんくてごめんな。」
抱き寄せて温もりがあることに歓喜した。
そして、すぐ帰ってあの時渡しそびれた指輪をわたして今度こそちゃんとプロポーズしよう。
不安は滲んで消えた。
(幸せにしてください。)