「ちょっと早いけどおじゃましまーす」
「いらっしゃい。もう行く?」
「そうだね、いこうか。」



がちゃりと遠慮なく自室のドアが空いて、虎次郎が顔を出した。相変わらず整った顔がそこにはあった。細身のパンツをすらりとはきこなして、テーラージャケットを羽織っているその姿は誰が見てもかっこいいと思えるだろう。
私もあらかじめ決めていたカバンに財布とタオルと携帯だけてつめて、コートを手にとって彼と一緒に家を出る。
もう、3年目の恒例になっていた。隣で歩く虎次郎の顔は読めなかった。




ーー私たち三人はいつも一緒だった。
今はもういない優しくて、笑顔が可愛くて、しっかり者のお姉ちゃんと、私を本当の妹みたいに扱ってくれた虎次郎と。
幼馴染なんて言葉じゃいい表せないくらい、まるで兄妹みたいね、なんて近所のおばさんによく言われたものだった。

今でも鮮明に、三人で過ごした時のことは思い出せるのに、どうして。




去年と変わらない、店の前にも色とりどりの花が飾られた花屋に寄って、お姉ちゃんの好きだったかすみ草を買った。小さいけど、こんなに可愛いなんてずるいよね、と笑う彼女を思い出された。無邪気、の花言葉がよく似合うお姉ちゃんだった。




歩き慣れたその道を、しばらく行くと、丘の上に目的地はある。春の風がよく通る、私たちがよく行った海が一望できるところだった。



私のお姉ちゃんはここに眠っている。



それは交通事故だった。あまりにも呆気ない、惨たらしいあの日から、もう3年がたっていた。それはわたしたちの関係が崩れた日でもあった。





手に持った白くて小さないっぱいのかすみ草を虎次郎と二人で手向けてから、ゆっくりとお墓の掃除をした。月命日には、必ず来ていているのに、今だにここで虎次郎の表情を見れないのは私が臆病であるからなのか。
お互いに無言で、それらを終えると、ゆっくりと手を合わせてお姉ちゃんのことを想った。

なんで、彼を置いていってしまったのだろうか。なんで、今隣にいるのがお姉ちゃんじゃないんだろうか。


しばらくの時がたった。ふいに風の音が耳元を掠めて、春とはいえまだ寒いそれに思わず身震いをする。そんな私に虎次郎は気づかない。合わせた手を離して、目をつぶっている彼を見た。ちいさい頃から見てきた綺麗な顔は変わらずに、大人びた彼が今何を考えているのかは分からないけど、邪魔をしないように静かにもう一度お墓に礼をした。

そして、私はゆっくり丘を下る。きっと彼はまだお姉ちゃんのそばに居たいだろうから。




私は丘のしたの海にきていた。昔よく三人で遊びにきていた懐かしい場所は、季節の関係もあって今は誰の姿もない。
波の音が心地よくて、そのまま誘われるように海へ足を入れた。後悔はない。




お姉ちゃんが死んだその夜、彼は泣いていた。人目も気にせず、お通夜が終わったあと、私の庭の片隅で肩を震わせ泣いた。綺麗な顔をくしゃくしゃに歪めて、嗚咽をもらしてたくさんの涙が落ちた。


ねえ、虎次郎。
私が死んでも、そうやって泣いてくれるのかな。



虎次郎がお姉ちゃんを好きなように、私も虎次郎が好きなのだと気づいたのは虎次郎の涙を見たその瞬間で、その時からもう私はずっと叶わない恋をしている。虎次郎はいつだって、お姉ちゃんが死んでからもずっと彼女を想い続けているのだから。

惨めなのは重々わかっているつもりで、私がお姉ちゃんの代わりになんかなれなかった。




海水が、腰の上あたりまで到達して、服が重くなる。歩くのも大変だけど、一歩ずつ、中へ中へ。


私が死んだら、お姉ちゃんの100分の1くらいでいいから泣いて欲しいな。虎次郎を残して私までいなくなることをどうか許してほしい。
もう耐えられないの、虎次郎が好き。1番になたくて、幼馴染を利用してお姉ちゃんが死んだあとも一緒にいてきたけどもう無理みたい。ごめんね。



水がひどく冷たく感じて、手足の感覚はもうなくなっていた。首までつかってきた。あと少しで、お姉ちゃんのところへ私も行ける。

海の中は美しかった。私は人魚姫なんかじゃないけど、冷たさなんかももう忘れて、息苦しさも無くなって、そんな中ふいに三人で過ごした昔の日々を思い出した。楽しくて、毎日が幸せなあの時にはもう戻れないのに。



大好きだよ虎次郎。さようなら。






有海ーーー、

薄れゆく意識の中で、彼の声がかすかに聞こえた気がした。






企画"僕の知らない世界で"様へ参加させていただきました。


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