全てはあなたの思うまま

「一人で帰れる?」
「大丈夫ですよ。向こう着いたらタクシー使うんで……」

久々に飲み過ぎた。水分で身体が重い。この大量に摂取した糖質がどう体に反映されるか、考えただけでも恐ろしい。
硝子さんと別れたあと、電車で何度も寝落ちしそうになりながら何とか自宅の最寄りで降りる。財布の中身を確認してからタクシーの行列に並び、やっとの思いでマンションまで辿り着いた。さっきまであんなに楽しかったのに今は頭の中いっぱいに疲労の文字が刻まれている。もう今日はお風呂いいやとかせめて化粧だけは落としとこうとか、様々な怠惰と葛藤しながらもたつく手で鍵を開けるとつけた覚えの無い廊下の照明が灯っていることに気付いた。ついでにウチの玄関には不釣り合いな成人男性の靴が揃えられている。五条さんだ。家に来てるの珍しいな。そんなことを考えながら窮屈なヒールを脱いだ。
居間に入ってまず地べたに座る。そして肩にかけていたカバンの中身を出した。スマホ、家の鍵、メイクの直しセット、定期入れ、財布、その他もろもろ。こいつらを仕事用のカバンに今詰めなおさなければ次の出勤日に絶対忘れ物をする。ソファに放り投げてあった出勤用のリュックを掴んだところで寝室へ続く引き戸がガラリと空いた。

「うわ、お店屋さんしてる」
「お店屋さんって、幼稚園の先生みたい」
「だってボク先生だもん。高専のだけど」

引き戸から五条さんが顔を出した。そして「女って荷物多いよな」と言いながら小物類を見る。そりゃ男と女じゃ荷物の量が違って当然だし、女の中でも私は荷物が多いほうだと自覚はしている。

「もー、あんまり見ないでください」

スマホ以外の荷物をリュックへ雑に押し込んだ。見られて恥ずかしいものこそないが、持ち物をじろじろ見られるのはなんだか恥ずかしい。ハイハイ、と適当に返事をしながら台所に向かった五条さんは水のペットボトルを片手に戻ってきた。

「飲んできたんでしょ。ハイ水」
「わ。ありがとうごさまいま、す……」

ありがたくペットボトルを受け取ろうとして手が空を切る。横にしゃがんだ五条さんから「どんだけ飲んだの」と聞かれて「たくさん?」と答える私は間違いなくだめな大人だ。意識こそはっきりしているが、自分の体から酒の匂いがしている。

「てか、来るなら来るって連絡してください」
「したよ?」
「え、来てない来てない」
「した。ケータイちゃんと見てよね」

机の上に出したままのスマホを手に取る。スクロールしていくと埋もれた通知の中に五条さんからのメッセージが二件入っていた。時間帯的に硝子さんとかなり盛り上がっていた頃だ。疲れたり酔ったりしていたとはいえ、飲み会の最中ならまだしも解散してから帰るまでの間すらスマホを見てないって社会人としてヤバすぎる。ちなみに一件目は家に来てるという連絡で、二件目は遅くなるなら迎えに行くとの旨だった。

「うわすみません、めっちゃシカトしてました……」
「名前が塩なのはいつものことだし気にしてないよ」
「五条さんにはみんな塩対応だと思いますけど」
「辛辣!」

今度こそ受け取った水を飲んではぁ、と息をついた。体内が潤っていく、気がする。もう少し飲もうかと考えていたら横からペットボトルをさらい口に含んだ。飲みたかったのなら予め自分の分も持ってくればいいのに。

「水返してくださいよ」
「んー、どうしようかな」
「どうしようかなじゃなくて」

返してもらうより自分の分を新しく出したほうが早いかもしれない。そう考えていると隣から「あ、そうだ」と呟きが聞こえた。そして私のより大きな手が首筋をするりと撫で、反応して振り向いた顎を掴む。気付いたときには五条さんの鼻先がぶつかりそうな距離にあった。

「ちょ、何……」

静止の言葉を言い終わるよりも早く唇に柔らかいものが触れた。薄く開いた隙間ひんやりとした液体と一緒に熱い舌が口内に入り込む。水を返して欲しいとは言ったけどそんな返し方をしろとは言ってない。生暖かくなった液体が喉の奥へ落ちてもなお口の中からモノは出ていかず、アルコールのせいで良くなっていた血流が更に良くなった気がした。首に腕を回すとそれに気を良くしたのか背中に腕が回る。舌を吸われていよいよ頭がぼーっとしてきて、お腹の奥が切ない。もうとっくに尽きた水分を貪る様に五条さんのそれと自身のを絡ませると背後に回った腕が体を折るように促してくる。ずるずると上体が倒れて背中がカーペットにぶつかった。柔らかい粘膜同士が絡む感触に身動ぎすると今度は両手で耳をふさがれる。ぬちゅ、といやらしい音がダイレクトに聞こえて思わず肩を叩いた。

「も、やめてください」
「え?もっとの間違いでしょ」
「……五条さんのバーカ」
「名前って恥ずかしくなるとすぐバカって言うよね」

別に経験に疎いわけじゃないのに、酒とか関係なくきっと真っ赤な顔してることだろう。濡れた口を拭うと手の甲に落ちかけたリップがこびり付いた。元々化粧落としたら寝るつもりだったのに変な気分にさせられてしまった。五条さんが家にいるとわかってから何となく察してはいたけど結局こうなるのか……。

「今日、帰ったらすぐ寝るつもりだったんですよ」
「予定が狂っちゃったね」
「最悪、最悪です……」



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