伏黒恵に言わされる


学校の中にいる人を異性として意識した瞬間って人それぞれだと思う。私の場合は任務で大怪我して補助監督さんの待つ帳の外までおぶってもらった時だ。血の流しすぎで朦朧とする意識の中、後輩…伏黒くんの背中は広くてしっかりしてるなぁと感じた記憶は目覚めたあともはっきりと残っている。ついでに言うと、それから伏黒くんの顔を見るとドキドキするようになってしまった。パンダに相談するとそれは恋だとニヤつかれてやっぱりそうなのか、と納得する。横で聞いていた真希に吊り橋効果と鼻で笑われてしまったが、吊り橋効果だろうと恋愛的好きであることは確かである。

 □

「あっ」
「あってなんですか」
「えっと、久々に見たから……?」

座学で使用した資料を運んでいる最中、伏黒くんとばったり会った。ジャージ姿だから外で実践演習でもしてたんだろう。決して伏黒くんは悪くないのだが、伏黒くんを見ていると脳内でパンダに言われた恋というワードが反芻して何となく気まずくなる。資料をずっと持っているのも辛いのでそれじゃあ、と立ち去ろうとすると伏黒くんに呼び止められた。

「荷物多いですね」
「さっきの授業で色々使ったから戻しに行くとこなの」

呪術史の授業は高専に保管されている実物を用いて説明されることが多い。ありがたいと思う反面、こうして当番が準備したり片したりしなきゃいけないのでかなり大変なのだが。

「手伝いますよ」
「え!? 大丈夫だよ、ほら伏黒くん演練終わったばっかでしょ」
「二人で片した方が早いと思いますけど」

そう言うと伏黒くんは資材の半分以上をひょいと持ち上げる。伏黒くんが優しくするのは私にだけじゃないのに、それでも好きな人に優しくされるのはやっばり嬉しいもので。我ながら単純だなと呆れる。

「ごめんね伏黒くん」
「謝るくらいなら礼にしてください」
「あ、ありがとうございます……」
「なんで敬語なんスか」

横を歩く伏黒くんの顔がふわりと綻んだ。伏黒くん、もしかして笑った? そう考えるという胸のあたりがぎゅううっとする。はー、本当に単純……。


 
資料庫に資材を片したあと、伏黒くんにお礼と言って自販機の飲み物をご馳走した。昼休みも限りがあるから余計なお世話かなと思いきや、伏黒くんはいいんですか? じゃあ遠慮なく、と。礼儀正しい子ではあるけど意外と遠慮がないところもあるんだなと感じる。私は人に遠慮してばっかなのでちょっと羨ましい。百円で買えるブラックコーヒーを差し出すとお礼と共にストンとベンチに腰掛けたので私も隣に座る。階段を昇り降りしたら暑くなってしまったので私はオレンジのサイダーを買った。

「そういえば」
「ん?」
「脚、大丈夫なんですか?」
「あー、もう治してもらってるから平気だよ」

太ももの辺りをさする。ここは伏黒くんとツーマンで課題任務にあたった際、呪霊に貫かれて大怪我をした箇所だ。硝子さんに治療してもらったばかりのころは歩くこともおぼつかないほどだったけど今はもうすっかり完治している。痕も残ってないよ、と制服の裾を少し捲って見せると伏黒くんがぎょっとした顔をする。

「……そうやって男にホイホイ肌見せるのどうかと思いますけど」
「あっ、ごめん……パンダとかには普通に見せてたからつい」
「オレ動物と同列にされてます?」
「そんなことはないけど……」

呪術師はどうしたって男社会だからいちいち気にしてたらキリがない。面識のない相手ならまだしも伏黒くん相手だし、別に際どいとこまでまくったわけでもない。そもそもこの間怪我したときに見ただろうに。などなど言うと伏黒くんは「もういいです」と盛大にため息をついた。

「先輩、かなりぼんやりしてますから気をつけたほうがいいですよ」
 後輩から遠回しにしっかりしろって言われた……。
「うぅ……精進します」
「口では何とでも言えますよね。この間真希さんと出掛けたときナンパされたって聞きましたよ」
「真希ってば何喋ってんの」
「オレ先輩のそういうとこめちゃくちゃ腹立ってるんで」

ギ、とベンチが軋む。伏黒くんの顔が思ったより近い。心臓がばくばくする。腹立ってるなんて言うから怒っているのかと思った伏黒くんの顔、確かに眉間に皺が寄っているけど怒りのそれとは程遠い。思わず手元の缶を握り締めた。

「伏黒くん…?」
「先輩が男と喋ってるのを想像するだけでムカつきます」

想像もしなかった言葉に「は、」と間抜けな声が出た。どんなにぼんやりしていても異性と話しているとイライラするとか言われたら流石に察する。それってつまり。前向きな捉え方をしていいなら。

「どういう意味かわかります?」
「わ、わかる。わかるよ」

恥ずかしさに居たたまれなくなって片手で伏黒くん側の顔を隠す。冷たい缶を持っていたせいで冷えた手が熱くなった頬にちょうどいい。わかると言ってしまった手前もう逃げ場はなく。苦し紛れに「伏黒くんってこんな性格だっけ」と問うと「俺は昔からこういう性格です」と返された。

「意味わかってるなら今返事聞いても問題ないですね」
「あと三分待って」
「まぁ態度見る限り聞くまでもないですけど」

聞くまでも無いならわざわざ確かめないでよ……。




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