何年だって待つよ


ちまちま出てくる高級なレストランより安くて量が多くてすぐ出てくるチェーン店が好きだ。皿にぽつんと乗ったカタカナ料理より器に大盛りで出てくる大皿料理が好きだ。いかにもな可愛らしい服より締まりのあるシックな服が良い。ロングヘアよりショートヘアが気に入っている。異性を気遣ったパンプスよりピンヒールで背筋を伸ばして歩きたい。
こんなくだらないこだわりや好みなんて、さっさと捨ててしまえたら。最も、捨ててしまえば私に残るものなんて何もないのだが。




「や。今日も元気に飲んだくれてんね」
「……私が呼んだのは硝子なんだけど」
「硝子が来れないから代わりに来た」

久々に会った男は相変わらず幼い顔付きをしていた。中身も身体も昔のまんま何も成長していないような男なのに、私も五条の間には埋められないほどの差が出来たと感じる。かたや特級、かたや準一。同期じゃなかったらこうして関わることすらなかっただろう。

「飲むならお金出すけど」
「え、いいの?じゃあウーロン茶」

飲み屋で人に奢ってもらうのがそれか。まぁ五条は下戸だから仕方ないのだが。五条は個室の扉を閉めると向かいの席につく。すぐに注文を取りに来た女性が顔を赤くしているのを尻目にスマホをいじると硝子から一言「急患」とメッセージか届いていた。

「こんなとこでフラフラしてる場合なの?今北海道って聞いてたんだけど」
「好きな女が落ち込んでるって言うからすっ飛んできてやったのにひどい言い草だね」
「はいはい」

五条は私を好きだと言う。冗談めいた愛の言葉は二十代の女が持つ優越感や劣等感に効果的だった。私のことを見るつもりなんてサラサラないくせに、気まぐれに愛を囁いてぬか喜びさせる。すっかりぬるくなったジョッキの中身を流し込むと「不味そうに飲むね」と言われた。

「五条が来たから酒がまずい」
「ハハ、辛辣」

酒を美味しいと思ったことなんて一度もないのに何故やめられないのか。五条のテーブルにウーロン茶が運ばれてきたついでにハイボールを頼んだ。安い酒は早く酔えてコスパがいい。

「彼氏と別れた?」
「誰から聞いたの」
「聞かなくてもわかるよ。オマエ男いるから無理って飲みの誘い断ってたじゃん」
「……あ、そ」

五条の指摘は正しい。別れ話をされたのはつい先日のことで、自分なりに相手に尽していたつもりでも相手は満足しなかったらしい。好きだった赤いリップもピンヒールもやめて、呪術師も彼が言うなら辞めようとすら考えていたのに。好きな人がいると言われて四年の交際はあっさりと終わりを告げた。相手は私より年下の子らしい。
別れたくないと言えば思い直してくれたんだろうか、とか色々考えてみるもやり直せるビジョンは全く思いつかず。

「二十代の貴重な時間をなんだと思ってんだっつの」
「オマエ男見る目無いしな」
「じゃあ五条が紹介してよ」
「僕とかめちゃめちゃ良物件だと思うけど」
「五条に頼んだ私が馬鹿だった」
「本気なんだけどなぁ」

別れた男も本気だと言っていた。その言葉の虚しさを味わわされたばかりだから、こみ上げた感情を抑えきれずじわりと視界が滲む。飲み屋で泣くとかアホらしにも程があるのに。おまたせしましたぁ、とハイボールを運んできた店員がぎょっとした顔をしているのがわかる。

「僕だったら泣かさないしピンヒールも好きなだけ履かせてやるのに」
「冗談きつい」
「冗談じゃねぇっつーの。こちとら昔から真剣だわ」

サングラスの向こう、五条の目は笑ってない。それにこの不貞腐れたような顔には見覚えがある。確か、元彼と付き合い始めた当時。五条に「どうせ続かない」と言われたときのことだ。ただの悪態だと気にも留めなかった言葉の真意を数年越しに理解する。
アルコールによるふわふわした気分も相まって夢かな、と思うけど居酒屋特有の喧騒がここは現実だと教えてくれる。

「あの元彼、案外しぶとかったな。すぐ別れると思ってたのに」
「……そりゃ、結構好きだったし」
「あちこち飛び回ってる間に他の男と付き合いだしたときはソイツ殺そうかと思ったね」

交際の申込みにしては甘過ぎるし愛の告白にしては物騒だ。でもそんなところが五条らしい。

「わたし、すぐには五条の気持ちに答えられないと思うよ」
「今更だろ。何年待ったと思ってんだ」





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