残暑の下がり


夏は嫌いだ。高専の黒い制服は日光を吸収するし、まだ七月だというのに山奥に位置する校舎は死ぬほど蒸し暑い。詰め襟を脱いでシャツの袖を捲くってみても流れ出る汗は止まらなかった。硝子も夏油も上着を脱いでいるし五条に至ってはTシャツで授業を受けている。こうして見ると高専生も普通の高校生に見えなくはないと思う。……黒板や手元の資料には物騒なことばかり書かれているけど。板書を眺めながら冷房くらい教室につけてくれないかなぁ、と生ぬるい夏風を浴びながら考える。季節は夏本番、ずっと伸ばしている髪の毛のせいで首の後ろがかなり暑い。



寮の下にある自動販売機はコーヒーとお茶以外全部売り切れていた。クソ、と思いながらつめた〜いの段にある無糖のコーヒーを押す。が、押してもうんともすんとも言わない。首を傾げているとちょうど通りがかった五条に「ソレ壊れてるぞ」と言われた。釣り銭のバーを下げても自販機は無言の抵抗を繰り返し、故障時の連絡先は雨風に晒されたせいでインクが剥げている。……これは、詰みというやつでは?

「百円吸われた……」
「百円ごときでショック受けんなよ」
「庶民にとって百円は貴重なの」

高専生には給料が出る。それも普通の高校生がやるようなバイトよりもかなり高水準の金額で。それでも極めて一般的な金銭感覚を持っている自分としては百円を無駄にしたことへのダメージはかなり大きい。

「あーあ、最悪……」
「機嫌直せよ。下までデートしてやっから」
「それコンビニ行くだけでしょ」

こんなところをウロついてるくらいだから元より五条はそのつもりだったのだろう。デートというには味気ない、ただの連れだっての外出。ここから反対の校舎側にも自販機はあるけど、品揃えやついでの用事が済むことを考えるとこの炎天下の中コンビニまで歩いた方がマシ……?考えてる間も背中に汗が伝う。

「行くの行かないの」
「行く!」

背を向けた五条に早歩きで近付く。横に並んで歩きだすと五条側の手をするりと取られた。デートと言うからには一応それらしくするつもりはあるらしい。

「はー、クソ。暑っついな」
「暑いんだったら手離せば」
「オマエほんっと可愛くねーな」
「その可愛くねーのを彼女にしたのは五条でしょ」

うっせ、と五条が吐き捨てた。


「七百円です」
溜まった一円や十円を全部出してやろうかと企んでいたのにちょうどピッタリの金額。その上百円玉で支払うには一枚足りない。さっき自販機に吸われた百円さえあれば、と千円札を出すと背後から「コレ追加で」と腕が伸びてきた。五条の腕だ。

「オマエ会計すんなら声かけろよ」
「奢ってくれんの?」
「デートだしな」

台にいつも読んでいる週刊誌と、……ゴムがセットで乗せられる。淡々と会計を追加する店員を尻目に小声で「私が見てないとこで買ってよ」と抗議すると「オマエも使うだろ」と反論された。使うっていう表現が適切なのかはわからないけど人前でそういうこと言わないでほしい。しかも制服着てる時にこんなもん買うな。肘で五条の脇腹を突くと仕返しに頭を叩かれた。

「五条にはアイスあげないから」
「奢られた相手言うことがそれかよ」
「あのコンビニ行きづらくなったじゃん……」
「気にし過ぎだろ。向こうもいちいち覚えてねーよ」

向こうが覚えてなくても私が気にする。たださえ利用者が限られる立地なんだから寧ろ覚えてないことのほうが無さそうだ。

「ナシで良いんならもう買うのやめるけど」
「そういう話じゃない!」
「ハハ、照れんてやんの」
「マジでムカつく」

怒っていたら余計に汗をかいた気がしてブラウスの袖で乱暴に首をぬぐった。髪をくくったところで今度は髪の毛の中が暑いし、通気性の悪い制服は中に熱がこもって不快感を倍増させる。せめて制服じゃなければ、と思ったがどのみちこの炎天下じゃ帰ってからシャワーを浴びる羽目になっただろう。八月並みの猛暑、気温三十度超えは伊達じゃない。



2021.06.26 修正




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