戯れるほどの恋をして


「やめときなよ。クズ男ってわかってるでしょ」
「それはそうなんだけど、そうなんだけど……」

元より人数の少ない寮の談話室は貸切状態になることも多い。平日の夜、偶然出会った硝子ちゃんに私は以前からの悩みを相談していた。
やめておけと言う硝子ちゃんの意見は最もで、なんであんなろくでもない男好きになっちゃったんだろうと正気を疑う。しかも男女合わせて四人しかいないクラスメイトの一人を好きになるとは地獄もいいとこだ。

「夏油のが百倍マシなのによりによって五条にいくとはね」
「しょうがないじゃん好きになっちゃったんだから」
「へー、名前チャンって五条悟くんのこと好きなんだ」
「さっきからそう言って、……」

明らかに硝子ちゃんじゃない、しかも男子の声。伏せていた顔をバッとあげる。すると談話室の扉のところに泊まりがけで夏油くんと任務に行っていた筈の五条くんがいた。羞恥やら焦りやらで状況をいまいち読み込めない私の隣で硝子ちゃんが「出たクズ」とぼやく。
お、終わった。私の恋……。




「遠くね?」
「普通じゃないかな……?」

なんでこんなことになったんだろう。
じりじりと距離をおいていたのがバレた気まずさに震えながら定位置へ戻る。一人分空いたスペースの先にいる五条くんの視線は液晶に向いていて何考えてるのかわからない。薄暗い部屋の中、のどかな田舎の景色だけが鮮やかに彩られている。

あの一件以降、気にしているとは私だけと言わんばかりに五条くんはいつも通りだった。五条くんはモテるし好意を向けられることには慣れてそうだけど。あんまりにも以前と変わりない態度に一方的にショックを受け失恋を決定づけたある日。日数にして五条くんに好意がバレた日から三日後の土曜日。

「映画見ようぜ」

共同スペースの自販機コーナーで会った五条くんの言葉の意味かわからず一瞬呆けた。「映画」と反芻する私に五条くんは「そう映画」と言う。やっぱり五条くんはいつも通りで胸の奥がズキズキした。

「傑と一緒に借りたんだけどアイツ任務で一日留守だから」
「なら夏油くん帰るまで待ってた方がいいと思うよ」
「明日返却したくてさぁ、あと一人で見るのもつまんねーし」

どう?と五条くんの青い双眸に見下されると、私は首を縦に振ることしか出来なかった。我ながらチョロすぎる……。

外の映画館に行くならまだしも、部屋に招かれるとは。女の先輩が男子の部屋に出入りしてるの見たことあるし、駄目ではないと思うけど。だからって好きな男子、加えてフラれている相手の部屋で二人っきりというシチュエーションに緊張しないほど図太くない。その証拠に膝に置かれた拳の中は汗でしっとりしてるし、さっきから映画の内容が全然入ってこなかった。

「なぁ」
「ん?」
「お前って誘われたら男の部屋ホイホイ上がっちゃうタイプ?」
「ッな、」

かぁ、と顔が熱くなる。慌てて「そんなわけないでしょ」と訂正するがこれではまるで五条くんだから部屋についていったように聞こえるじゃないか。やばい、どう転がっても私が恥ずかしい質問だこれ。恐る恐る五条くんを見ると如何にも面白がってますと言わんばかりの顔だった。

「言っとくけど手ェ出されても文句言えねーからな」
「……五条くん私になんか興味ないくせに」
「ハァ?興味無い女に時間割くほど暇じゃねぇよ」

はぁあ、と盛大にため息をつかれた。呆れてる五条くんの真意がわからず、私は「は、」と間抜けな反応しか出来ない。映画の音量より自分の心臓の音がうるさくてシャツの胸元を握りしめた。あいにく私は臆病だから、変に期待して傷付きたくない。ましてや同級生だし、気持ちにだってフタをしかけているのに。

「そうやって期待させるようなこと言って、五条くんほんとに性格悪いよ」
「期待させてんだよ。いい加減わかれっつの」
「わ、わかんない。私、ちゃんと好きって言ってくれないとわかんないから」
「……卑怯だぞ、お前」

卑怯なのは先に盗み聞きした五条くんでしょ、なんて反論は五条くんの赤くなった耳を見たら言えなくなってしまった。


2021.06.26 修正



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -