散乱のフィリグラン
※五条さんがかなり意地悪です


こいつは「転入生」として灰原や七海らの学年にやってきた女らしい。見るからに一般家庭出身ですって面構えをしていて、とても術師に向いているとは思えない雰囲気を纏っている。制服は間に合わなかったのか詰め襟の代わりに元の学校のものらしい紺色のセーラー服を身に着けていた。腹の下あたりで組まれた両手は忙しくなく、よくよく見ると女の顔はわざわざ血色を足したように赤らんでいる。暑いのか?と思ったが今日の気温は十月にしては冷える方で。

「ほら、挨拶しな」

硝子が女の背中を押す。ゆっくりと一歩前に出た女は、何か言いたげに唇を動かす。ちらりと横目で硝子を見て、硝子が頷くとやっと言葉らしい言葉を吐き始めた。

「い、一年の名字、です。よろしくお願いします……」
「見ての通り緊張しいの子だから、お前らちょっかい出すなよ」
赤面症とかあがり症とか。呼び方は様々だが、どうやらこの名字という女はそれに当てはまる人種らしい。もごもごと自己紹介した名字の顔は耳まで赤くなっている。俺と傑に歯切れの悪い挨拶をしたあと、名字はそろそろと硝子の後ろへ移動し身を隠した。傑はにこやかに「よろしく」だなんて言っていたが、俺はとにかく名字の態度が気にいらなかった。

「最近の一年はまともに挨拶も出来ねーの?」
「……すみません」

謝ればいいと思ってんのか?目を合わせようともしない態度にますます苛ついて舌を打つ。名字の肩がびくりと揺れ、瞳に怯えの色が滲み出した。きゅっと唇を引き結んだ様子が生意気にも反抗しているように見え、こちらに引きずり出してやろうと伸ばした手を傑が制する。

「悟。後輩をいじめるなよ」
「名前、五条に礼儀とか気ぃ使わなくていいからね。あと隣のクズ2号にも」
「私もかい?手厳しいな」

真っ当なことを言ったつもりなのに悪者扱いされて納得いかない。硝子の影から名字がじっとこちらを見つめていることに気付き、にらみ返してやる。すると名字はじわじわと瞳を潤ませ、今にも雫がこぼれ落ちそうになるのを瞬きせずに堪えていた。赤くなったり泣きそうになったり、忙しい女だな。





最近名字の制服が紺色のセーラー服から金色の釦が光る詰め襟に変わった。猫背でうつむいてばかりのアイツには気の毒なほど似合っておらず、校内でも悪目立ちしている。通りすがる襟首を捕まえて「似合ってない」と教えてやると隣にいた傑が「いい加減にしないか」とか言い始めたのでそのまま喧嘩になった。どいつもこいつも、何故名字なんかの味方をするのか。
名字の転入から二ヶ月ほど経った今、アイツに対して腹を立てている人間は俺だけになっていた。硝子は同性のよしみから手放しにアイツを可愛がっているし、傑に至っては素直でいい子だよねだなんて吐かしやがる。
硝子からはむやみに絡むなと言われているが、この狭い世界ではいささか無茶のある言いつけだ。校内を歩けばすれ違うことは多いし、術師としてアイツを育ててやる過程でマンツーマンの指導をしてやることもある。今日だって名字が蚊の鳴くような声でよろしくお願いします、と言う姿に苛立ちを覚えた。おまけに出来ないことばかりのアイツは一つ一つ何かを教える度に「すみません」と無意味な謝罪をする。被害者面が染み付いた顔ばかり見せられて、癪に来ないほうがおかしいだろ。
――あの顔を見る度に、言い表しようのない焦燥感に心を支配される。


「なーなみくん」
「嫌です」
「おい待てって。コレ先輩命令だから」
「先輩風吹かすなら普段からそれなりの態度を取ってくれませんか?」
「めんどくさい奴だな……じゃああそこの自販機、好きなの選べよ」

風呂上がり、足早に立ち去ろうとする七海を自販機の飲み物一本で釣った。普段は尊敬のその字も無い態度だが、奢ると言えば従うのだから現金な奴だ。
スポーツ飲料一本分の時間を買われた七海はおとなしくスペースのベンチへと腰掛ける。自分の分の炭酸飲料も購入し、乾いた喉へ流し込んだ。ジンジャーの刺激が体中の細胞を弾いていく。

「名字といてめんどくせーとか思わねぇの?」
「いえ、全く」

きっぱりと答える七海からは一刻も早く話を終わらせたいというオーラを感じる。上下関係を重んじる性格のため、強引に話を切れない七海の律儀さを逆手にとってさらに話を広げていく。

「話しててテンポ悪りーとかメンドクセーとか、あるだろ」
「任務の連携は問題ないですし、知人として思うところもありません」
「それは術師としての最低ラインだろうが。話しててイライラしねーのってこと」
「しませんね。コミュニケーションを蔑ろにしているならまだしも、向こうも真剣なので」

真剣なら人を不愉快にさせてもいいってか?どんだけ甘やかすつもりだよ。
硝子曰く、名字の対人コミュニケーションにおける難は少しずつ緩和されているようだが、俺はその対象に含まれていないらしい。話しかければ大げさに肩を震わせるし、会話の度にじわじわと瞳をうるませながら頬を赤くされた。差別されてるのはこちらだと言いたくなる。
アイツのあの顔を見ると俺が何か悪いことをしたような気分にさせられてたまったもんじゃないし、現に担任からミョウジを虐めていると勘違いされたことがある。虐める価値もねーよあんな女。

「女子だからって甘やかすなよ」
「五条さんこそ、何故そこまでして彼女に突っかかるんです?」
「イライラするから」
「放っておけばいいでしょう。学年も違うんですから」

出来ないからイライラしてんだろうが。クソ。放り投げた空き缶は描いていた放物線から外れ、ゴミ箱の縁にがつりとぶつかった。そのまま外へはじき出された缶はコンクリート打ちっぱなしの地面へけたたましい音を立てて落下する。

「気付くと視界に入ってくるだろアイツ」
「はい?」
「接触すんなっつーのも無理があるし……なんだよ、そのツラ」

呆けた反応をする七海に何かと思えば、ぎょっとした顔でこちらを見つめていた。七海の口に運ばれる筈だったペットボトルの飲み口が宙をさまよっている。

「……いきなり気味の悪い話をしないでください。こんなの、飲み物一本で聞かされる内容じゃない」
「気味悪いってなんだよ、俺?それともアイツ?」
「五条さんが」
「はぁ!?俺はキモくねーよ」

自覚無いんですか?と呟いた七海の目が訝しげに細まる。何の、と問い返すと今度は眉間に刻まれた皺が深くなった。その顔には怒りなのか呆れなのか、表現し難い感情が浮かんでいる。以前に七海が似たような表情をした際には灰原が「面倒臭そうなカオ」と形容していた覚えがある。

「名字さんから視界に入ってくるのではなく、貴方が追っているんでしょう」
「何でだよ」
「知りませんよ。好きなんじゃないですか?」
「俺が名字を?冗談言うなっつーの」

お前そんなキャラだっけ?と笑えば七海はますます顔をしかめた。



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