理性を試されている学生五

窓を開けておくと涼やかな風が部屋を満たし、不快な湿度をさらっていく。室内には月明かりが満ちており、灯りを付けずともうすぼんやりと照らしている。誰が見たって睡眠に適切な環境が作られているにもかかわらず、眠れぬ夜を過ごしていた。
昼まで惰眠を貪ったせいか、はたまたカフェインを摂取し過ぎたせいか。またはその両方だ。こうして暇潰しに窓の風景を眺めちゃいるが、代わり映えのない景色を見ていても一向に意識が凪ぐことが無かった。イヤフォンから流れるプレイリストもそろそろ一巡するところで、いっそのこと徹夜して帳尻合わせをした方がよさそうなくらいだ。傑を起こして暇つぶしに付き合わせてもいいが、明日朝早くに任務で地方に行くらしい。わざわざ起こすのは気が引ける。
気晴らしに散歩でもしてこようか、と思ったタイミングで充電器に挿していたケータイのランプが点滅する。床から引き上げると深夜であるにも関わらず一件のメールが届いていた。中を開くと送信相手は名前からで、本文に簡素なメッセージが添えられている。夜中に送ってくる内容が「寝ました?」だなんて、相手が寝てたらどうするつもりだったんだろうか。返事が無いことがある意味返事として成立するのか。
耳からイヤホンを引き抜いて電話帳を開く。目当ての番号から電話をかけると1コールで通話に切り替わった。

「何か用」
『すみません。夜遅くに』
「起きてたからいい。で、用件は何」
『寝る前にコーヒー飲んじゃったから寝れなくて……あ、起きてるならそっち行っていいですか?』

ソッチイッテモイイデスカ?というワードに思考が固まる。夜中に異性の部屋上がろうとするな、と言いたいところだがそれを言ってしまえば自分がよこしまなことを考えていると相手に悟られそうで癪だった。……うっすい壁の向こうには傑がいるって思えばもしそうなっても萎えるだろ。多分。

『……やっぱりご迷惑でしょうか』
「別に。ドア開いてるし、好きにしたら」
『ホントですか?ありがとうございます。電話切ったら行きますね』

名前の弾んだ声を皮切りに通話が切れる。どうしたもんか。そりゃ好きにしろと言ったら「来る」の方向に舵を取るだろ。馬鹿か。
都合よく名前が来る前に眠れてしまえないかと目をつむってみたが、眠くなるどころか脳華冴え渡っていく。やはりハッキリと断っておけばよかった。後悔する頃には忍ぶような足音が聞こえており、時刻は深夜1時を回ったところだった。

入りますよ、と控え目な声と共に蝶番が軋む。そろそろと後ろ手で戸を締める名前は音を立てないように力んでいるのか、やけに背中が縮こまっていた。目が合うと眉を下げて申し訳無さそうに笑う。

「来ちゃいました」
「隣で傑寝てるからうるさくすんなよ」
「わかってますよ。明日早いって言ってましたもんね」

そう言ってひたひたとこちらに近付いてくる。壁にもたれた姿勢のまま視線を彷徨わせ、床の一点に視点を合わせるとそこに青白い足がたどり着いた。爪先から脚の線を辿っていくと生白い膝が見える。あまり姿が見えないようにと電気を消したままにしていたのが、外がこれだけ明るければ意味が無さそうだ。

「そのカッコ寒くねーの」
「寒くは……むしろ今日って暑くないですか?急に暑くなっちゃって嫌ですね」

名前の言う通り、ここ最近は夜間でも蒸し暑い日が多くなっていた。俺だって寝るときは薄着で過ごしている。名前が着ている半袖のTシャツに涼やかな丈のショートパンツはいつもの就寝時の服装で何の代わり映えもない。ただそれが自分の部屋の中にある事実が脳の余計なところを刺激している。Tシャツが体の線を拾っていないのがせめてもの救いだった。

「ここ座っていいですか?」
「……オマエ床に座るつもりだったの」

名前がベッドの縁に座ると僅かにスプリングが軋む。これ健全なお喋りだけで終わらせられるか?無理だろ。隣の部屋にに傑がいなかったらとっくにどうこうしてた気がする。

「ゲームしてる」
「やる?」
「やるより人がやってるとこ見るの好きです」

そっち詰めますね、と言ってシーツに手を付くと、距離を埋めるように身体を近付けてくる。湿ったような甘い香りが鼻を掠め、手を付いて屈んだ拍子に襟の奥が覗いた気がした。それはダメだと理性で抑えつけたアレソレが首をもたげる。これとあとどれくらいの時間戦わなければならないのか、はたまた白旗を上げるのが先か。

「気が済んだら部屋帰れよ」
「先輩、遊びに来た彼女に帰れだなんてひどい」

ひどいのはそっちだろ。俺は名前が認識している以上に本能に正直なことを考えているし、名前も俺にひどいことをしている自覚をして欲しい。彼女のこうした無垢なところは気に入っているが、扱いづらいとも感じている。

「……名前」
「わ。先輩、くすぐったいです」

力の抜けた胴体に腕を回し、なだらかな身体の線を撫でると名前は声を潜めてくすくすと笑った。一度、経験をもって学んでもらうのが手っ取り早いんだろうとは思う。ただ、名前から寄せられる全幅の信頼が少しでも揺らぐことが恐ろしくて出来なかった。

「眠くなるまで映画でも見るか」
「ホラーは嫌ですよ」
「アホ。夏の夜と言ったらホラーだろうが」

―夏の夜はまだまだ長い。




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