陽の跨ぐ箱

七月を過ぎた夏の盛り、呪霊の祓除のため遠路はるばる地方まで足を運んだ。慢性的な人手不足もあり、今回は後輩の名前と二人で現地へ向かう。元は二級の名前に割り当てられた任務で、当日に等級見直しの可能性が出てきたため手の空いていた俺も駆り出されることとなった。
しかし蓋を開けてみればなんてことは無い案件で、不在の補助監督に変わって降ろした帳も数分でその必要性を失う。霧散する闇の向こうに広がる途方のない山の風景、滞在時間より移動時間の方が遥かに長いクソ田舎。電話を終えた名前が「車を出せないから電車で戻ってきて欲しいそうです」と、困り顔で伝えてきた。電車なんて、さっき確認した限りでは一日に十本も無さそうだった。

「ここから××まで行ったら乗り換えですね」
「どのくらいかかんの」
「はち、……七十分と、少し?」
「……少なくとも一時間は乗らないといけないわけね」
「行きも同じくらい乗ったじゃないですか」

二時間の待ちぼうけを食らって、また一時間近くこの鈍行列車に揺られるらしい。地方の私鉄に上等な冷房施設はなく、天井に取り付けられた扇風機がぬるい風を送っている。気温が上がった日盛りの午後にこれはキツい。シャツの下ではじわじわと新しい汗が滲み始める。これなら風の通った外の方がまだ幾分かマシだ。ゲームでもやって時間を潰そうとケータイを開けば残りの充電が赤を示している。そういえば、朝起きたときに充電器に挿さっていなかったような。クソ、今日はとことん運が悪い。
一時間以上も代わり映えのない森林風景を見ているのは堪えるし、眠るにはやや快適さが足りない環境だ。仕方なく名前をかまって時間を潰そうと隣を見ると、音楽プレーヤーに巻きつけたイヤホンをぐるぐるとほどいているところだった。

「おい、先輩放っておいて何してんだよ」
「音楽……行きの電車で帰りも寝るから話しかけんなって言ってたじゃないですか」
「アレは無し、気が変わった」

名前が不満を込めた目で俺を睨みつける。ただ目つきが悪いだけのソレを一蹴し、目的である名前の手に握られている機械を指差した。

「それ俺にも貸して」
「え、何です急に」
「暇なんだよ。この際泣けるラブソングでも何でも聴いてやるわ」

締めに先輩命令の一言を付け加えると仕方ないといった風に名前がため息をつき、枝分かれたイヤホンの片方を差し出す。イヤホンを分けるなんて人目を憚らない頭の悪いカップルがすることだと思っていたのに、幸いにも車内に自分たち以外の客は乗り合わせていない。

「先輩っていつも何聴いてるんですか」
「秘密」

そんな話をしながら名前は拳一つ分空いていたスペースを隙間なく詰めてくる。よいしょ、なんてのんきな声とともに名前の肩と脚が体に触れた。口から言葉が出るより先に異性の体特有の柔らかさを認識してしまい、脳が硬直する。一拍遅れて絞り出した声はやや上擦っていた。

「……何してんのお前」
「遠いとコード届かないじゃないですか」
「暑いだろ」
「先輩の方が頭の位置高いんですから、我慢してください」

我慢だなんて、むしろまんざらでも無いくらいだ、とは到底口に出せなかった。言ったら最後、揺れる箱の中で1時間以上深い山々を見続けるはめになる。そうだな、と適当に相槌し、片方の鼓膜を振るわせ始めた前奏に耳を澄ませた。夏らしい爽やかなスローバラード、ボーカルの女の声は覚えがある。ぴたりと触れた名前の体からは、湿った土の匂いに混じって清潔な石鹸の香りがした。


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