ずっと待っていた気がするよ
※フォロワーさんから頂いたリクエストの「両思い寸前の学生五」です!ありがとうございました



遠慮の無いノックの音は礼儀正しい後輩でなければ、同じ階に住まう同級生の女の子でもない。寝転んでいたベッドから緩慢な動作で身体を起こし、裸足のまま土間へ降りて扉を開ける。古い木戸の向こうには予想通りの人物がいて、高い位置から私を見下ろしていた。
「名前ヒマ?ヒマなら飯行こう」
悟の誘いはいつだって急だ。そして、悟が私を誘ってくる日は大体任務も何も無い一日休みの日。既にアウターを羽織っている悟の様子から、これから1時間後とかでは無く、今から出ようということらしい。

「どこの店?」
「駅前の中華。前よく行ってたんだけど、美味いよ」

記憶を辿ると高専から最も近いJRのそばに小さな中華料理屋があることを思い出す。色褪せた食品サンプルが印象的で、悟がああいう寂れた雰囲気のある店に行っていることが驚きだった。

「中華って気分じゃないんだけど」
「名前がそうじゃなくても俺が中華の気分だから」

ダメ?と悟が首を傾げあざとい表情で顔を覗き込んだ。今までの付き合いの中でこうなった悟はテコでも動かないことを理解している。
いいよ、と返事をした私に悟はじゃあ今すぐ行こうと親指で背後を指す。時間は17時半、夕飯にはまだ早い時間だが歩いて駅まで30分。お昼食べたの遅かったんだよなぁ、と思いながら一度部屋の奥へ戻り、部屋着から外に出れる服へ着替える。クローゼットから買ったばかりのアウターを引っ掛けた。戸の脇に吊した鏡で跳ねた後ろ髪を直している間、悟が私の両脚をじろりと見下ろす。

「帰り冷えるだろうからあんま脚出した格好すんなよ」
「じろじろ見んなよ、えっち」
「馬鹿オマエ思春期の男はみんなエッチに決まってんだろ」
「開き直りすぎ」

古い板張りの階段を降りていくと悟の言うとおり冷たい風が玄関から吹いていた。もう春先だというのに、夕方になるとこれだ。むき出しの膝小僧がふるりと震える。花冷えの空はもう陽が傾きかけていて、もう少し厚い上着を出すべきだったか、と少しだけ後悔した。



「俺ラーメンと炒飯のセット、12番のやつ」
「自分で買いなよ」
「あとで返すから一緒に払って」
「……細かいやつ無いの?」
「察しが良くて助かる」

一万円札不可、と手書きの貼り紙がされている食券機に追加の硬貨を投入する。言われた通りに12番の券を買い、その後5番のボタンを押した。

「オマエ炒飯だけ?」
「お昼食べたの遅かったから」

悟と自分の二人分の食券を小上がりへ置くと店員がそれを回収して厨房へ引っ込んで行く。まだ早い時間であるせいか、店内にいる客は私と悟の二人だけだった。10分も経たない内に二人分の料理が運ばれてきて、悟の方にだけ小皿に盛られた杏仁豆腐が添えられていた。券売機にデザートは無かったから恐らくセットについてくるやつなんだろう。いいなぁ。レンゲで掬った炒飯は少しだけ味が濃くて、男の子が好みそうな味がする。私が炒飯ひと皿を食べきる間に悟は炒飯とラーメンをすっかり平らげていた。

「杏仁豆腐食う?」
「ソレ悟の分でしょ。私はいいよ」
「ホントにいらないの?さっき物欲しそうに見てたじゃん」

物欲しそうな顔をしていたつもりは一切無いけど、悟にはそう見えていたらしい。突き付けられたスプーンから一口貰うとしょっぱくなった口の中にほどよい甘みが広がる。美味しい、と感想を言うと悟がまたスプーンを差し出してきたので首を横に振った。

「杏仁豆腐って牛乳入ってるんだよ」

そう言うと、悟は「嘘つくな」と言って怪訝な顔をした。本当だから硝子に聞いてみればいい。きっと傑でも知ってるよ。ぬるくなったお冷を片手に悟が杏仁豆腐を平らげる姿をじっと見ていた。悟は、口が小さいのに一口が大きい。



店を出る頃には傾き掛けていた陽も落ち、辺りはもう真っ暗だった。駅前の寂しげな街灯と、うっすらと白い光が残る夜空を頼りに私達は歩き出す。びゅう、と吹き付けた風でアウターの裾が舞い上がった。歩いてる間はあまり気にならないけど、信号待ちをしていると寒さをより顕著に感じてしまう。長いことで有名な信号待ちをしている間にとうとう「さむい」と溢した私に悟は呆れたように呟いた。

「だから言っただろ」
「脚は我慢できるけど手が寒い」

冷えた指先を擦る。残念なことにこの服はポケットが一つもない。寒さを逃れるために組んだ量での上からもう一つ手のひらが重ねられる。

「うわ、マジで冷てぇ」
「なんでそっちはこんなに暖かいわけ?」
「オマエが体温低すぎるだけだろ」

片手で軽々と両手を包み込んだかと思うとそのままするりと左手の指を絡められた。あんまりにも自然な動作に眉を寄せる。

「暖取らせてやってるんだからヤな顔すんな」
「こうやって女の子をその気にさせてんのね」
「まぁ、その気になって欲しい奴には」
「そんなこと言われたら勘違いしちゃうよ」
「……勘違いしろよ、バカ」
「……、……本気で言ってる?」
「同期にこんな冗談言う奴最悪だろうが。察しろ」

言いそう、と口に出しかけて見上げた悟の顔があんまりにも真剣で思わず口を噤む。

「実はさ、苦手なんだよね。中華料理」
「……マジ?」
「うん。だけど、悟が行こうって言うから。我慢した」

わざわざ新しいアウターをおろしたのも寒い日に短いスカート履いてるのも、全部悟に見て欲しい、意識して欲しかったからなのに。悟はずっと気付かなかったんだね。意地悪く言うと悟は何かを言いたげに唇を噛む。信号はとっくに青くなっていたけど私達は歩道に立ち尽くしたままだった。

「さっきだって、手繋がれた時に他の女の子にもこうしてるんじゃないかって思って気が気じゃなかったんだから」
「……それは、悪かった」
「謝るより他に言うことがあるでしょ。悟から言ってよ」

悟の耳が赤くなっているのは、きっと寒さのせいじゃない。




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