髪の端から妬け上がる


なんだか今日はツイてない気がする。今朝はアラームの設定を忘れていたせいで寝坊したり、課題で出されていたレポートを部屋に忘れて慌てて取りに行ったり。あといつも買ってる紅茶が売り切れたりもしてたっけ。お昼に使った割り箸も変な風に割れて使いづらかったな。
そして放課後、私は意識して見ることのない木目の天井をぼんやりと見上げていた。ずり落ちるように打った背中が焼けるように痛い。脚もどこか擦りむいてしまったかもしれない。午後の実技訓練は怪我なく終われたのに、まさか階段で転ぶとは。お尻から落ちたので尻から腰にかけて鈍い痛みが走る。

「うわ、大丈夫?」

踊り場の上から夏油の声がする。階段を上がってきた夏油は現場を見てすぐ「転んだのか」と状況を察してくれた。散らばっていた四人分のノートをまとめて手渡し、その上に腕を引いて体を起こしてくれる。

「これさっき集めてたノート?」
「うん。今から持ってくところで、痛てて」
「おっと、」

足首が引きつるように痛み、フラついた体を夏油が受け止めた。思いがけず抱き着くような体勢になってしまい慌てて体を離す。異性の同級生に抱き着きかけたというだけでも気まずいのに、頭上から聞こえた声で私は背筋を凍らせた。

「お前ら何やってんの」
「名前が転んで怪我したとこ」
「怪我ぁ?」

声を掛けてきたのは最近お付き合いを始めた悟だった。声音が心なしか不機嫌な気がする。ノートを持っていない方の腕を引かれ、バランスを保とうとした脚がずきりと痛む。思わず「痛い」と溢せば悟がバツの悪そうな顔で腕を離した。

「優しくしなよ」
「うっせーな、……そんなに痛むんなら硝子呼ぶ?」
「硝子は昼から留守だろ」
「県外に応援行ったんだっけ。じゃあ医務室か」

男子二人がトントンと話を進めていく。夏油が代わりに出しておくよ、と私の手からノートを引き取った。

「大袈裟じゃない?」
「足痛いんだろ」
「まぁ、痛いけど……」

ほら、と言って悟が地面へ屈んだ。ほらって何、求められていることがわからず首を捻る。

「背中乗れ。怪我人に歩かせるのもアレだし、おぶった方が早い」
「……ヤダ」
「なんで」
「悟ぜったい重いって言うし……あと、脚触られるから、嫌だ」
「言ってる場合かよ」

男の子からしたら些細な問題かもしれないけど、乙女に取っては死活問題だ。……とは言え、この葛藤をわかってもらえる筈も無く。仕方なく背中に乗るとすっと視界が高くなった。これ下手したらドアに頭ぶつけるんじゃないだろうか。恐ろしくなって首にしがみつくと悟の動きがピタリと止まる。

「……やっぱり重い?」
「……、……重くねぇ」

答えるまでに変な間が空いている。やっぱり重いんだろうか。面と向かって重いって言われるよりマシだがこれはこれで辛い。あの悟に気を使われるとは。

「悟、堪能しときなよ」
「おいヘンなこと言うな」
「え、なに?なんの話?」
「あとで悟から教えて貰うといい」

はぐらかす夏油に悟が「シメる」とあからさまに棘のある声で言う。こんな調子じゃ絶対教えてもらえないだろうし、少し考えてみてもなんのことだかさっぱりだ。





医務室の担当者は不在だった。壁にかかったホワイトボードに矢印で明日の日付までラインが引かれており、その隣に出張と書かれていた。今日は本当にツイてない。

「湿布出すからここ座ってろ」

長椅子に降ろされ、足元に跪いた悟がふくらはぎを掴んで持ち上げる。そして足首を動かしていた悟の手がおもむろに靴下を下げた。たかだか靴下、それも処置のため。頭ではわかっていても恥ずかしいものは恥ずかしい。

「あーあ、腫れてら。ほんっとドジだなオマエ」
「そんな言い方しなくてもいいじゃん」

真っ白な旋毛を見下ろしている間に淡々と手当が進められていく。怪我なんか殆どしないだろうに、手際が良い。

「慣れてるね」
「傑と喧嘩した時は硝子が治してくれないから、覚えた」
「……」

彼女が同級生二人にやたらと辛辣な理由をまた一つ知ってしまった気がする。
湿布を貼り終え、ご丁寧に下げた靴下もきっちり上まで戻してもらう。やけに優しいなと思っていると悟がふくらはぎを持ったまま何やら考え込んでいる。悟?と呼びかけると黒い肩がピクリと反応した。

「……あのさ」
「うん?」
「あんまり他の男とくっつくなよ」

そんなことあったっけ。ああ、よろけた時に夏油に寄りかかったことを言ってるんだろうか。そういえば、あと時の悟は機嫌を悪そうにしていたような気がする。

「さっきのは事故ってわかってるけど見ててムカつく」
「……悟、もしかしてだけど」

嫉妬してる?と言いかけてそっと口を噤む。皆まで言わなくともわかってしまう、悟はそんな顔で「うるさい」と呟いた。



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