蕩けて融解

薄暗い部屋の中、テレビの明かりが白い壁を辿っていく。いつからか部屋に置かれるようになったブランケットはかすかに先輩の匂いがする。誰にも言えないちょっとしたお気に入り。ローテーブルに置いた炭酸飲料はすっかり温くなっており、口に含むと人工的なレモン味が喉を通り抜けていく。
空になったペットボトルを戻したタイミングで名前、と先輩が私を呼んだ。チカチカと眩しい光が先輩の肌を照らしている。きっと先輩にも同じような私が見えてるのだろうと考えていたら先輩の左手がすっと伸びてきて、顎のラインをするすると撫でた。顎先をなぞった指が唇に触れ、私は期待を込めて目をつむる。
カサついた感触が唇に重なったのはそれからすぐのこと。柔く甘噛みされる度に脳が痺れていく気がした。先輩とのキスは気持ちいい。その内に熱い舌が唇を割り、私のものを絡めとる。耳に聞こえてくる音はとてつもなく非日常で、恥ずかしい気持ちともっとして欲しい気持ちが同時に押し寄せてくる。大抵の場合後者に天秤が傾くのだが、傾いたからといってそうなるとは限らない。先輩の肩を少し強引に押すと求めてやまなかったもの、新鮮な酸素が胸を満たした。

「っ、むり、息が……」
「オマエほんっとキス下手だな」
「し、っ仕方ないじゃないですか。慣れないんだから」

息絶え絶えな私に対して先輩はけろっとしていて息が乱れた様子もない。先輩の言う通り私は下手くその部類なんだろうけど、どこで上手い下手の差がつくのだろう。そりゃ先輩はさぞおモテになって経験も豊富だろうから上手くて当然だろうけど。……、…………。

「先輩、よく私に下手って言いますけど誰と比べて言ってるんですか?」
「は?……あー、誰とも比べてねぇよ。シンプルにオマエが下手」
「今の絶対ウソですよね」
「嘘じゃねぇって」

絶対嘘!と思いつつも先輩がモテるのは百も承知だ。いちいち拗ねてたらキリがない。まぁ誰と比べてようがいいですけど、と自分から話を切り上げた。何だか先輩の視線がちくちく刺さる気がしてずり下がったブランケットもしっかり肩まで戻す。

「拗ねんなよ」
「拗ねてないです」

拗ねて困らせて気を引きたいわけでもない。ただ単に感情の冷却中なだけだ。こういうことを言うと先輩はそれを拗ねてるっていうんだよって笑うんだろうけど。

「下手くそって言われるのそんなに気になるなら練習すれば?」
「えぇ、誰彼構わずキスしてこいってことですか?」

そこまで言って先輩の纏う空気が変わったことに気付く。怒っているか、または呆れているのか。分かりかねているとため息まじりに「俺でいいだろ」と言われた。俺でいいだろ、なんてドラマや映画の中の登場人物以外には先輩しか許されなさそうな台詞。様になっているのが少しだけ悔しい。

「……結局先輩がしたいだけじゃないですか」
「名前も同じだろ」
「別に私は、したいわけじゃ……んむ、」

ぐっと体を引き寄せられ、顔も近付けられる。優しく口付けられたかと思えば、柔らかい粘膜が下唇を舐めた。

「名前、舌出して」
「一応確認ですけど、拒否権は」
「この状況であると思う?」

薄っすらと微笑んだ青い瞳に腰のあたりがぞわぞわする。大人しく舌を差し出すと、同じく口を開いた隙間から出てきた先輩の舌が私のものにぴたりとくっついた。互いの息遣いと淫らな唾液の音が混じり合う。耳を塞がれながらちゅう、と舌を吸われて甘い何かが頭の中を侵した。

「また息止めてる。鼻で息しろ」
「はい、……ん、ッん」

休めたのも束の間、今度は唇ごと噛み付かれた。咥内に侵入した粘膜が熱い。無意識に先輩の服を掴む。私の中で主張始めた疼きを見透かしていると言わんばかりに先輩の手が腰のあたりを這い、ずるずると床に押し倒された。

「先輩、映画」
「また後で見ればいいだろ」

そう言って先輩は私の体を抱き締める。さも映画が気になるような言葉を吐いたが、映画の内容なんてさっきからずっと頭に入ってなかった。先輩が独断で選んだ字幕の映画は語学に覚えのある先輩ならともかく、私は画面を見なければ全く何もわからない。映画を見直す口実としてはちょうどいいかもしれない、なんて思いながら私は背中にあるブランケットに体を預けた。





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