全てわかっている人


五条さんは人をその気にさせるのが上手い。手慣れてる、とすら思う。



地方にならどこにでもありそうなビジネスホテルの狭い一室。さっきまで明日の討伐任務の打ち合わせをしていたというのに、ささくれた唇の感触、熱い舌の温度、耳の裏をくすぐる指、それら全てがなけなしの葛藤を溶かしていく。ほどこされる口づけ一つ一つがじりじりと私の理性を責め立て、時折薄くまぶたを上げてこちらの様子を伺うのだ。まるで、愉しむように。

「っ、ん」

ようやく唇が解放される。口から取り込まれる酸素は大げさに胸を上下させた。ぼんやりと霞む視界の奥でちゅう、と皮膚に吸い付かれる。この人は、私が弱いところを重点的に責めるのが好きだ。本人いわく、嫌そうな顔して嫌がってないのが好きらしい。わざわざ説明しなくていい、と断るわたしを無視して解説されたのはつい先日のことだ。

「明日、っ朝、早いんですよ」
「早く終わらせれば平気でしょ」

そういう問題じゃないし、早く終わると言って終わった試しもない―と、脳内で悪態を完結させていると耳介を食まれ、耳たぶに歯を立てられた。あられもない声が出て、それに気を良くした五条さんが笑う。ジンと痺れる痛みは脳に快楽を錯覚させ、喉元まで上がった嬌声を押し殺す。逃げるなと言わんばかりに閉じ込められた両手首はただ押さえつけられているだけなのに逃げられそうにない。それに、逃げたところでひどくされるだけだとよくわかっている。大人しくされるがままになっていると、手首を押さえていた手のひらがするすると上へ伸びた。
骨の隆起から指のあいだ、関節までを形を確かめるようになぞられる。それはもう、指紋すら感じ取れそうなほどに。

「……五条さんは、慣れてますね」
「何が?」
「……、……こういう、こと」

レンズの向こうで青い瞳が揺らぐ。困らせてしまった、そう直感した。彼の容貌と年齢を考えれば“経験豊富”なのは当たり前のことで、しかも今更になってこんなことを。子供の嫉妬の方がまだ可愛げがある。

「ごめんなさい、今の忘れてください」

めんどくせー女って思われたかな。怖くて正面にいる五条さんを見れない。明後日の方向を見て重い沈黙をやり過ごしていると、わたしの手のひらと合わさっていたうちの一方が髪の毛をすくった。視界の端で傷んだ毛先が弄ばれ、くるくると勢いをつけて指から解けていく。

「嫉妬した?」

頷きで返事をする。すると五条さんはくすくすと笑って「そりゃあねぇ、」と口を開いた。

「自慢じゃないけど、僕結構モテるのよ」
「知ってます」
「名前と会う前に付き合った相手も両手じゃ足りないし、一夜限りの恋人だった相手も数えたらもうすんごいんじゃないかな」

わたしの平凡な人生経験では想像もできないような例えに気が遠くなる。それに現恋人に過去の異性交際の遍歴をひけらかすなんて性格が悪いにも程があるんじゃないだろうか。かつて、わたしにアイツだけはやめておけと忠告してくれた職場の人々の顔が浮かぶ。

「まぁ、そんな僕が何回抱いてもまた抱きたいって思ったのは名前だけなんだけどね」

こんな台詞を言われたら、きっと並大抵の人はどんなにひどい相手でも許してしまうんじゃないだろうか。少なくとも五条さんはわかってやっている。



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