交わり


瞼を開けると青白い天井が目に入った。着信にもアラームにも強制されない目覚めのなんと心地良いことか。元気爽快、そう思っていられるのも体を起こすまでだった。上半身を起き上がらせた途端、ひどい頭痛と胃の不快感に見舞われる。

「……二日酔いヤバ」

思わずそう呟いてしまう程に。この現実を見なかったことにしてしまいたい一心でもそもそと布団に潜り込む。体温くらいに温まった布団、最高。願わくば次に目覚めたときには多少症状が良くなっていることを願って。窓の光から逃げるように体を丸めた矢先、寝室のドアがガチャリと音を立てる。

「起きた?」
「起きてない」
「清々しいくらいの嘘だね」

声の主はつかつかとベッドに近寄り頭まで包まった毛布を肩の下までがばりと捲る。どうして人間って窓際にベッド置くんだろうか。めちゃくちゃ眩しい。

「ハイおはよう」

毛布を剥いだ本人ー悟の指が頭に置かれた。耳のあたりの髪の毛を手ぐしで撫で付けられ、時折爪先が耳を掠めて擽ったい。

「二日酔いで死にそうなんでもう少しだけ寝かせて下さいお願いします」
「死にそうなくらい辛いんならさっさと起きて水分取りなよ」
「うーん……」

ドがつくくらいの正論を吐かれるが、動けるぐらい元気だったらさっさとそうしてる、としか言いようがない。そのくらいに深刻な二日酔いだった。腕を引かれて無理やり起こされるも、自分から動こうという気力が一切湧いてこない。

「水持ってきてくれたらちゃんと起きる」   
「いいけど、持ってくるまでの間に寝てたら漏斗で流し込むからね」
「拷問じゃん。これ以上私を苦しめようとしないで」

踵を返す悟の後ろ姿を見送り、言われた通り寝ないようにと足をベットの下に下ろした。床を見ると昨晩散らかした服の一切が片付けられており、耳を澄ますと遠くから洗濯機の音が聞こえる。戻ってきた悟に服は、と聞くと今洗ってると返された。……私が着るもの無くない?そんな考えも察されたのか、ソレ着てなよと昨日風呂上がりに借りたやたら着心地良いTシャツを指差される。

「下は?」     
「家から出なきゃ平気でしょ。ほら水」
「何を根拠に平気って言ってんの」
「じゃあ逆に聞くけど、今更僕に見られて困るようなところある?」

そういう問題じゃない。けどこれ以上突っ込んでも状況は何も変わらないだろうことはよくわかっている。大人しく現状を受け入れ、洗濯から乾燥までを一手に引き受ける家電の奮闘を待つことにした。
貰ったペットボトルの蓋をひねり新鮮な水分を取り込む。程よい温度が喉を通り抜け、内臓の不快感が少しだけ解消された。






「ごちそうさまでした」

手を合わせる。顔も洗って歯も磨いて、胃に物も入れたら体の調子もさっきよりもずっと回復した。食べ終わったタイミングで熱いお茶を渡される。程よい温度の緑茶に口をつけながら「奥さんみたい」と溢すと皿を下げた悟に「そうでしょ」と笑顔で頷かれた。貶すつもりも無かったが喜ばれるのも意外で、悟の考えていることは相変わらずよくわからない。
何となく気になってキッチンを覗くとほぼニメートルに近い身長の男がシンクに手を突っ込んでいる光景が見えた。……前言撤回、こんなデカい奥さんがいてたまるか。

「服乾いたら出掛けようよ。名前と行きたいとこあるんだよね」

蛇口を締めた悟が顔を上げた。元よりそのつもりだったんだろうし、だからこそこんな土曜の午前に起こされたのだろう。いつもなら午後まで惰眠を貪っていても何も言われないし、悟もそれほど朝が強い方ではない。

「……ごめんだけど、午後に高専行かなきゃけないから無理」
「は?名前は僕と仕事どっちが大事なわけ」
「仕事」

そう言うと意味がわからないと言いたげに顔をしかめられた。社会人としての真っ当な会話が気に食わないらしく、首のあたりに頭を押し付けられる。髪の先が喉や鎖骨に当たってこそばゆい。

「貴重な僕の一日オフだよ?こっちの方が大事でしょ」
「それはそうなんだけど仕事も大事だよ」
「めちゃくちゃ傷付いたからもう絶対名前のこと家から出さない」

めんどくさい。喉まで出かかった言葉を飲み込む。このままだと本当に軟禁されかねないので青みがかった頭を撫でたり丸まった背中を擦って宥めた。しばらくそうしていると胸元から大きなため息が聞こえ、のろのろとした動作で顔を上げる。

「仕事、どのくらいで終わるの。てか任務?」
「任務じゃなくて打ち合わせ。祓除の前日にあんな量飲むほどバカじゃないから」
「今めっちゃ酒臭いもんね」
「誰のせいだと思って……いいや、この話は」

来週の出張に関する打ち合わせとか留守の間の業務のまとめとか、そういうレベルのことで済むから勧められるがまま飲んでしまったわけで。打ち合わせくらいならフケでよくない?なんて悟が言っているけどフケて良い打ち合わせなんてこの世のどこにも無い。

「終わったらどこでも付き合うから」
「ホント?」
「ホントホント」
「じゃあ指切りの代わりにキスして」
「何がじゃあなの?」

自分がしたいだけでしょ、と思いつつ、キスの一つ二つで機嫌が良くなってくれるんなら安いもんだ。同じ目線にある顔に口付ければ、足りないと言わんばかりに唇を舌で割られる。しばらく好きにさせていると先程よりもずっと機嫌の悪い顔をした悟が「酒くさい」と呟いた。




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