悲しむ貴女が見えたんです
頭の上に浮かんでいる本を飛び上がって捕まえて、本棚に戻した。立ち読みは百歩譲って許すけれど、元に戻さないのは頂けない。ましてや魔法で浮かすなんて、性悪にもほどがある。この店の従業員はほとんどが魔法士ではないというのに。
苛立ちながらため息を吐いていれば、背後から店長に「ミョウジちゃん」と呼ばれた。中年に差し掛かるベテランの彼女は、傍に積んだ段ボールに目をやりながらしんどそうに腰を叩いていた。
「何でしょう、店長」
「今届いたから、すぐに店頭に出してほしい本があるんだけど、そこの……何だったかしら」
「……アズール・アーシェングロット著の?」
「それよ、それ。あの人が書いた本、物凄い売れ行きよね、エッセイでも自己啓発本でも。まだ若いのにと思ったけど、あれだけ成功している魔法士になら、あやかりたくなるものね」
「そうですね。私も読んでみようかな」
段ボールを開ければ、綺麗なファウンテンブルーにシルバーの箔押しがされた、美しい装丁のハードカバーが行儀よく詰まっていた。モストロ・ラウンジの内装を思い出して、あの人の趣味らしいな、なんて思う。
棚に並べるのではなく、見えやすい位置にアズール先輩の経営戦略本を平積みにしていく。
途中、帯にだけ控えめに入っている著者近影をついまじまじと見てしまった。高校の頃よりいくらか大人びた顔立ちに、やや短く切られた髪。頬に添う横髪だけは、反対に少し伸びていた。
「アズール先輩、元気そう……」
こうして不可抗力で、あの学園の人たちと同じ時間を生きていることを実感させられてしまうと「あの人」のことにも考えが及んでしまうのも無理はない。
私が学園を去ってから、六年が経った。
去るまでに、この学園で関わっている人たちにはもう二度と会えないという覚悟を、数か月かけて決めていた。クラスメイトでいっとう関わりの深かったエースやデュース、それにいつも一緒だったグリム、お世話になった寮の寮長、そしてケイト先輩には、手紙だけを残して何も言わずに去ったのだ。
「本当のこと」は、誰にも言わずに。
*
『……監督生さん。貴女は、いいんですか。本当に、これで』
私がこの決断をしてからも、何度も学園長は私に尋ねた。
元の世界に帰る手立てがないのだと告げられたのは、二年生の初夏ごろだった。学園長室に呼ばれたのでいつもの通り野暮用を押し付けられるのかと思えば、「グリムくんは連れて来ないでください」という未だ聞いたことのない前置きをされて、胸がざわついたのを覚えている。
いつも無責任なくせに、肝心な時だけ学園長はいやに優しいのだ。
他の誰にも声を聞かれることのない部屋で、静かに私は告げられた。
『――もう、ないんですよ。あなたを元の世界に帰す方法が』
いっそのこと、いつもみたいに無責任に笑ってくれたらいいのに、と思った。
少しだけ震える声に、私は喉を盗られたかのように沈黙し、静かに絶望した。
それと同時に理由ができたと思った。好きな人の、あの燃えるようなオレンジの髪の傍に、留まる理由が。「帰れないみたい」と伝えたら、ケイト先輩はどんな顔をするだろうか。喜んでは――くれないと思う。
だって、私がいつか帰ることをずっと思いながら、喉元でいろんな言葉を躊躇しているのを知っていた。そんな優しい人は、きっと私が「帰れた」と知ったほうが、頷いてくれるはずなのだ。
『オレの傍にいて?』
脆弱な子どものようにそう言ったケイト先輩の顔が涙で濡れてしまうのは見たくない。どちらにしろ泣いてしまうかもしれないけど、それなら、私はこちらを選びたい。
『学園長』
『……なんですか?』
『私のこと「帰れた」ことにしてくれませんか』
『え? それは……どういうことです』
『あなたみたいな顔をみんなにもさせると思ったら』
『……何ですって。これは随分と……貴女って人は、いつもに増して自己犠牲的ですね。でも、貴女がいなくなればどちらにせよ、周りの生徒たちは同じように悲しむと思いますよ』
『……私が帰れなくてずっとこの世界にいるとなったら、みんな助けになってくれようとすると思うんです。……でも、私以外の誰にも、私の人生の責任なんて負えないし、みんなはそれが辛くなるでしょうから。もちろん、学園長だってそうでしょう。足手纏いになりたくありませんし、できるなら自分の足で生きていきたいと、そう思います』
最初だけで構わないから、仕事口の紹介をしてほしいのだと頭を下げた。これが最後のワガママだから、とも言った。
学園長は冗談交じりの嫌味のひとつでも言うのかと思ったけれど、いやに静かに「わかりました」と頷いた。
そうして私は、学園を去ることに決めた。
学園長が紹介してくれたのは、街の外れにある、知り合いが経営しているという小さな書店だった。堅苦しい魔法書だけを取扱うそのお店での仕事は単調だったけれど、楽しかった。
やがて仕事にも慣れ、分野を問わず書物の知識や古書の取扱いをも身に着けてきたころ、「大型の系列店に移らないか」という話がやって来たのだ。
市街地にあるお店にいれば、もしかしたら学園の生徒たちと会ってしまうかもしれないという不安もあったが、何しろあれから六年が経っていたし、学生のころから私の風貌はがらりと変わっていた。男子校ということもあって髪や制服は男子の中に混じっても悪目立ちしないようにしていたから、今の姿を見たって誰も気付かないだろうと高を括り、私は異動を受け入れたのだった。
*
「はい。……で? 言い訳はそれだけですか?」
詰るような冷たい声と、同じぐらい温度を持たない瞳。腕組みをしたアズール先輩の威圧感は、学生のころから変わっていない。
「どうして、分かったんですか……」
「どうもこうもありませんよ。貴女は貴女でしょう。その顔も、声も、ツメの甘さも、何より馬鹿さ加減が。記憶喪失にでもならない限り、貴女のような人を忘れる生徒はいませんよ。
というか、貴女『誰も気付かないだろうと高を括っていた』と仰いましたよね。高を括る、の意味を調べ直したほうがいいんじゃないですか? ほら、ちょうどそこの棚に分厚い辞書もありますし。
どうせ侮っていたんでしょう、僕たちのことを。それとも、心のどこかで自分はここにいると気付いてほしいとでも思っていたんですか?」
すべらかに紡がれる台詞を奪う隙も度胸もなく、私はアズール先輩に罵倒に近い言葉をかけられてしまった。
どうしてアズール先輩は一目で私だと分かったのか、この長台詞を聞いても分からない。
この店でアズール・アーシェングロットが著書のサイン会をやると店長から聞いたのは、ついさっきのことだった。連勤が続いたので久しぶりに連休を貰い、いざ四日ぶりに出勤してみると、店内のセッティングも待機用のレーン設備も終わっていたので、何事かと店長に聞けば、抑えてあった会場がブッキングで使用できなくなったとかで、近隣の大型店であるうちに打診が来たのだという。
これは大変なことになった、とは言え、つい昨日使い切ってしまった有休を蘇生させるなんてもう難しい。私はなるたけサイン会会場に近寄らないように店の奥だけで仕事を完結させていたはずなのに、サイン会が終わるやいなや、アズール先輩はかつかつと革靴の底で小気味よい音を鳴らし、「監督生さん、いえナマエさん、貴女ですよね」と私に詰め寄ってきたのだ。
そして今に至る。
「ア、アズール先輩」
「なんです」
「……そんなに怒らせてしまうとは、思っていませんでした。ごめんなさい」
私がそう言うと、彼は目を丸くする。短く息を呑んだあと、呆れたように首を振った。
「何を勘違いしているんです。別に怒ってなどいませんよ。ただ、理解できないだけです。何も言わずに去ってしまったのもそうですし、帰れたなどと馬鹿な嘘を吐いていたのもそうですし」
「……それは。その理由はさっき、一通り説明したじゃないですか」
「ええ。聞いても分かりません」
奇遇ですねと心の中だけで嫌味を言った。アズール先輩とは分かり合おうなんて思っていない。アズール先輩は相変わらず神経質そうな指先で、眼鏡のフレームを押し上げた。
「……これはただの好奇心からなのですが、ひとつだけお伺いしても?」
「……なんですか」
「貴女って、たしか……」
彼が言葉を続けている最中に、その右肩にどんと勢いよく人影がぶつかる。男性にしては華奢なアズール先輩の体は揺れて、その反動で途切れる声。アズール先輩はきっと睨み付けるけど、「すみません!」と謝るのは三人組の女子高生だった。
「……いえ。構いませんよ」
強いて柔和な笑顔を作って謝っているのが分かって、思わず吹き出してしまう。
「……何笑ってるんですか。失礼な人ですね」
「すみません。先輩が変わっていなくて」
「変わりますよ。あれから六年も経つんです。変わらないほうが不自然だ。……話が逸れましたね、僕の質問を続けましょうか。貴女、学生のころはたしか」
「きゃはははははは! 当たってるー!」
「ホントだー! ホント毎回すごいよね、これ、やばーい!」
アズール先輩の声に覆い被さるような高らかな笑い声に、またもペースを持って行かれる。さっきアズール先輩にぶつかった女子高生三人が、女性向けの雑誌のコーナーで談笑していた。
「……ハア。立ち読みですか、頂けませんね」
「あまり厳格に注意したら女子高生なんてすぐに来なくなりますから、ある程度は黙認ですね。いつも最後に一冊、買って行ってくれますし」
涼し気な目元はまだ女子高生のほうをじっとりと見つめていた。
まさか、まだぶつかられたことを根に持っているのだろうか。まあ、どちらかと言うと陰湿な人ではあったけれど。
成人男性があんまり女子高生のほうをまじまじを見ているのも何だかなあと思って「アズール先輩?」と呼びかければ、アズール先輩は視線は動かさずに私に尋ねる。
「そういえばあの女学生たちが手にしている雑誌、貴女も読んだことあります?」
「ああ、『RUNE』ですか。いつも店頭には並べますが……ちゃんと読んだことはないですね。女子高生からOLにまで幅広く人気の雑誌ですよ!」
「知っていますよ」
「……そうでしたか。さすがアズール先輩、守備範囲が広いですね」
「ええ。売れているものは一通り。それに、知り合いが寄稿しているものですから」
そこでやっと、彼の視線が私のほうに舞い戻ってくる。
「相変わらず顔が利くんですね」
「……別に、腐れ縁ですよ。監督生さん、あの雑誌が評判である理由、ご存知で? 分かりますよね、このような立派な店舗でチーフを任せられているんですから」
胸に付けている名札を厭味ったらしく読み上げられて、なんだか癪に障る。
「……え、専属モデルが人気だから、ですよね。同じ雑誌と比べるとダントツですから。それに、掲載されているファッションや小物の系統も、トレンドに忠実で万人受けするものですし」
「正解で不正解です。書店員失格ですね」
「ええ! そんな」
「もちろんその要素もありますが、それだけじゃ立ち読みで済みます。最大の理由は巻末の西洋占星術のページですよ。今、彼女たちが騒いでいたのも恐らくそうです」
「……占いですか」
予想斜め上の回答に、きょとんとしてしまう。
確かにこの世界では、私がいた世界よりもいくらか占いがメジャーである分、掲載されているページ数や内容も濃い。
それにも関わらず、今までまともに読み込んだことがないのは、今でも彼のホロスコープの青紫を思い出してしまいそうだからだ。そして何より、心のどこかではたった一回の占いをまだ信じていたいからだ。
『あの人と結ばれるべき運命』が気休めだったとしても、上書きなんてしたくない。『運命』がないなんて、知りたくない。
「おや? 監督生さんはあまりご興味がないようですね。西洋占星術は統計学に基づいた啓発的な意味合いも強いですから、導き通りに努力を重ねれば叶うことも少なくない。心酔する人も多いというのに」
「あ……いえ。興味がないことはないですが、元の世界では、占いなんてただの娯楽だったので」
アズール先輩の声で、回想から引き戻される。
「……それはそれは、意外でした。貴女、昔はあんなに熱心に天文台に通い詰めていたじゃないですか。てっきり占星術にでもご執心なのかと思っていました。僕の情報収集も未熟でしたね」
控えめな言葉に反して企むように歪んだ口角を見て、思わず息を呑む。「どうしてそれを」と口を突いて出そうになったけれど、すぐにリーチ先輩たちのことを思い出す。私に限らず、いろんな生徒のこと――主に弱味を――を調べていたのだっけ。
これは推測だけれど、私がケイト先輩に恋をしていたこともバレているのだろう。
「……昔のことは、掘り返さないでください」
「急にしおらしくなって、どうしたんですか」
「……本当に意地が悪いですね、アズール先輩って」
「それはどうも」
けろりと涼しい顔をして、アズール先輩は横髪をくるりと指に巻き付けた。
「まあ、たまには読んでみるのもいいんじゃないですか。気休めだとお思いなら、尚更」
「また占いの話ですか」
「はい。ああいうのは大抵、西洋占星術をまともに専攻していたのかも怪しい若手の編集者が片手間に書いているもので、信憑性には欠けるのですが……当該の雑誌に掲載されているものは、僕から見ても精度が高いので、参考程度にですが拝見しています」
「アズール先輩も……」
「ええ。一読する価値はあると思いますよ」
彼はそう言うと、ポケットからスマートな所作で名刺を一枚出し、私に差し出す。「何かあればいつでもどうぞ」とのことだけど、私はここでアズール先輩に会ったことも、なかったことにしなければならなかった。
あの、と口籠る私に、彼は柳眉を潜めてため息を吐く。
「受け取れないとでも? ……まだそんなことを仰っているんですか。一人で生きていくだなんておかしなポリシーで貴女は姿を消したようですけど、人間なら誰しも一人で生きていけるわけがないんです。僕ですらそうなのですから、例外はありません。どちらにせよ誰かの手を借りるなら、誰に借りようが一緒でしょう。それとも今、貴女は一人だけで生きていられるとでもお思いなのですか?」
「あ……それは……」
「思い上がらないで頂けますか」
「ごめんなさい」
「……いえ。少し、言いすぎました」
アズール先輩は小さく咳払いをする。聞き慣れた台詞が、穏やかな声色で再び繰り返される。
「困ったことがあれば、ご連絡ください。僕でよろしければお力になりますよ。でも、貴女がここで生きていることは、口外して差し上げません。『誰にも』ね。ご自分の運命はご自分で切り開くべきですから。あの雑誌にも、そう書いてありました」
では、とアズール先輩は首に掛けたストールを靡かせて去ってゆく。ふわりとソープのような柔らかな香りがしたと思えば、もう彼の姿は跡形もなくなっていた。
彼の言葉だけが、鐘を打ったあとのように、頭の中で鈍く響く。
私は間違っていた、というか、思い違いをしていたのかもしれない。アズール先輩の言葉には一切の反論ができなかった。
でも今更、この六年間を生き直すことはできない。生き直すべきなのかもまだ分からない。いずれにせよ、自分のなかには高校二年生のままのもう一人の自分がまだいて、ケイト先輩のことも、あのホロスコープのことも、頑なに忘れさせてくれない。
いまだ笑い声を上げている女子高校生たちに目をやる。その瑞々しい手の中の、鮮やかなイエローにピンクのロゴが入った雑誌。それと同じものを、私は仕事終わりに一冊手に取った。
ちょうどレジを打ってくれた店長はそれを見て、
「やだ、珍しい。あんたもこういうの興味あったのね」
と私を揶揄った。
「違います。ちょっと西洋占星術のページが読みたくて」
「知ってるわよ! この先生の占星術、すごく当たるのよね!」
「店長もご存知だったんですね。私、そういうの疎くて。今日やっと知りまして」
「教えてあげればよかったわね。私、年甲斐でもないから恥ずかしいんだけどね、先月サイン会にも行ったの、この先生の」
こっそりと耳打ちするようなボリュームだけど、店長の声は弾んでいた。
「サ、サイン会なんてあるんですか。占星術のページなんて、編集者の人が兼任で書いているとか、そういう話を聞いたんですけど」
「ええ確かに、本業では編集されてる方だと思うわ。でも他にもいろいろやってるのよ、この人。ホラ、若い子ってマジカメっていうの? やるでしょ。ああいうのにもプロとして記事書いたりして。人脈も広いし占いも当たるし、明るい人。おまけに顔も男前だっていうんだから、けっこう女性に人気なの」
「……そう、なんですか」
「今日サイン会に来てくれたアズール……」
「……アーシェングロットさん?」
「そう、なぜかいつまで経っても覚えらんないわ、ふふ。その方とも出身のカレッジが一緒みたいよ。今回の会場手配も、この先生の機転だったみたい。よく知ってるでしょ? なんてったって私、彼のマジカメ、毎日チェックしてるからねえ!」
「見る?」と楽しげにスマホを取り出す店長に、私は咄嗟に制止した。にわかに汗が滲んできて、本能的に「いいです!」と言ってしまっていた。「あらそう?」と不安そうに眉を下げる店長に、急ぎの用があると取り繕って、私は駆け足で店を出る。
雑誌が入った袋を、くしゃりと抱き締める。
もしかしたら、店長の言っている「先生」は、アズール先輩が言う「知り合い」は、ケイト先輩かもしれないと直感した瞬間、息が詰まってしまった。決定的な証拠なんてないのに、二人の言葉から描かれた人物像が、たまたまだろうか私の願望だろうか、ケイト先輩になってしまった。
けど、今時「マジカメ」なんて誰でもやっている。学園を去るときにスマホごとアカウントも消したから、あれ以来ケイト先輩のマジカメは見ていないけど。それに、ナイトレイブンカレッジの生徒なんてそれこそ一学年にうんといる。
家に帰って味気ない食事を終えると、やっと雑誌に手を伸ばす気になった。しらふでは勇気が出ないので、弱めのお酒をあおって、ページをはらはらと捲った。
占星術の記事は巻末にある。私は自分の星座の欄に書かれた魔法文字を読み込んだ。
『「転機」が出ています。大きくとも小さくとも。今までの自分を信じるか、あるいは別のものを信じるか、決断が必要かも。迷うことって誰にでもあるけど、ここにきて特に、どうすればいいか分からなくなっちゃうのが今月のきみ。すこし離れた人のほうが俯瞰でモノが見えていたりするから、意見を聞くのもいい。ただ見つめ直すべきなのは、決して一人じゃないってこと。』
さわりだけ読んだけれど、適度に砕けた、チャーミングな文章だと思った。これがあの人の綴った言葉だったらいいのにと、胸がじんわりと熱くなる。
抽象的な内容だけど、まさに今日の私とリンクしていた。背筋をなぞられるような心地。さらに下には、今月、キーになる日付や時間、スポットがいくつか記されている。
日付は、一番近いもので「明々後日の19時から24時にかけて」。場所は、「カフェ」、「水面」と書かれていた。
ずらりと読み進むと一番下には、それとは別に「出会えたら運命かも」、と追記されていて、見覚えのある日付が佇んでいた。
「……うそ」
2月4日生まれの人。私は既に出会ったことがあった。誕生日の拙い贈り物にも大袈裟に喜んでくれた、あの人だ。
急速に沸き上ってくるような期待と、同量の不安。
もし、これがケイト先輩だったらどうしよう。もし、ケイト先輩じゃなかったらどうしよう。今すぐ会いたい。会ってはならない。頭の中で行ったり来たりを繰り返す。
もう一度、顔を知らない彼の文章を読み返す。一人じゃないんだと、顔を知らない彼も、アズール先輩も言ってくれた。
高校の頃、ケイト先輩は占星術を「気休め」だと言ったのが悲しかった。信じたかったからだ。いつの間にか、大切にしまっておくだけで信じることすら忘れていたけれど、もう一度、振り回されてみたい。そう思った。