白い夜に願ったこと

「わっ、ケイト先輩! なんでいるんですか!」
「ちょっと。こっちの台詞なんだけど?」

 星がよく見える冬の夜だったと思う。自分が彼女のことを好きだと自覚したのは。
 半年に一回ぐらい、何をしたって眠れない夜がある。マジカメ巡りなんてすればブルーライトで目が疲れてしまうし、誰か起きている人に連絡をしようにも、こんな夜更けに真面目なリドルくんやトレイくんが寝ていないわけがなかった。

 かと言って、べつに誰かと繋がっていたい気分でもない。一人の時間は好きなタイプだ。
 だから、髪も下ろしたまま寝間着の上にコートをマフラーを着込むとそっと寮を出て、彷徨うような足取りで散歩を始めた。こんな様子じゃオンボロ寮あたりにいるゴーストに間違えられちゃうかも、なんて思ったけれど、誰もいないのだからわざわざ人当たりのいい笑みなんて浮かべる必要はなかった。
 そう思っていた矢先に、彼女と遭遇してしまったのだけれど。

「監督生ちゃん、今何時だと思ってんの? グリちゃんも連れないで、女の子一人で出歩く時間じゃないでしょ」

 とても深夜徘徊を咎められる立場ではないオレの言葉に、この学園唯一の女子生徒である監督生ちゃんは、困ったように笑って白い息を吐く。オレと似たり寄ったりの格好が恥ずかしいのか身動ぎを繰り返しているけれど、オレの目にはその格好は新鮮に映った。

「……すみません。ちょっと今夜は、何しても眠れなくて。本でも読もうと思ったんですけど、明かり点けたらグリムが起きちゃうかもしれないし」
「それで散歩ってわけね」
「はい。先輩は?」
「大方、監督生ちゃんと同じかな。だから安心して、先生に告げ口とかしないよ」
「……さすが。ケイト先輩のことは信用しかできませんね」

 ふふと息を漏らしながら冗談を吐く監督生ちゃんを見て、自分の口角もひとりでに緩む。
 少しの間。ここで「じゃあね」と手を振るのも変だし、やっぱり女の子が一人でうろつくのに相応しい時間じゃとてもないから、何より気が引ける。
 オレと同じくこれからの立ち回りでも考えているのか、監督生ちゃんは少し俯いて瞬きをしていた。

「……監督生ちゃん、少しおしゃべりでもしよっか」
「え?」
「別に、監督生ちゃんが嫌ならいいけどさ」

 わざと拗ねた声色を出してみれば、彼女はぶんぶんと首を横に振った。

「私も……ケイト先輩とおしゃべりしたいです」

 照れたような表情で、わざわざ名前付きで律儀に繰り返されると、たじろいでしまう。彼女がやって来てからのここ一年弱、「面識はあるけれど、後輩と先輩の一線を越えない平行線の関係値」であったから、なおさら。

「でも、いいんですか?」
「え、なにが?」
「ケイト先輩、一人で静かに過ごしたい気分なのかなって。なんか向こうからやって来る先輩見付けたとき、いつもとちょっと違う雰囲気に見えたから」
「うーん、そ? 確かに夜って、さすがのオレでもぼんやりしちゃうっていうか。でも君の顔見たら、いろいろ話したいこと浮かんじゃった」

 口先だけで耳障りのいい言葉を紡ぐのは得意だけど、本心だ。監督生ちゃんの前だと変に取り繕ったり、空気を読んだりしなくてもいい気がして、心地が良い。それが彼女にとっていいことか悪いことかはオレには分からないから、今まで言わなかったけど。
 無論、オレにとっては彼女のそういうところは、とてつもなく好ましかった。

「でもこんな時間、まさかカフェも食堂も空いてないし、立ち話も寒いよね」
「そうですね……」
「……監督生ちゃん、オレの部屋来る?」
「えっ!?」
「ふふ、うそうそ、ジョーダン! 監督生ちゃん、照れてる?」
「……怒りました」
「あ、えーと……ごめんって監督生ちゃん、許して、この通り!」

 ふいと視線を逸らしてしまう監督生ちゃんの視界に、体を折って割り込む。
 怒らせちゃった。冗談じゃなかったら来てくれたのかな、なんて馬鹿らしいことも考えた。でも、「女の子一人で危ないよ」とか紳士めいたことを言っておきながら一人部屋に連れ込むなんて、矛盾しているにも程がある。
 彼女の機嫌を必死に軌道修正する方法を探し回った結果、それなりの名案を思い付いた。

「あ、ねえねえ、天体観測でもする? 冬だからすっごく星が綺麗に見えてるし。今ならけーくんの占い付き!」
「占い、ですか?」
「そ。オレの得意科目、占星術なんだ」
「そんなのもあるんですね」
「そっか、一年生の選択にはまだないよね」
「そういえば、魔法史でちょっと出て来たような……。治療法とか決めるのに使ってたってやつですよね。占いで物事を決めるなんて、なんかロマンチックです」
「ロマンチック? 占星術が?」
「はい。あ、でもこの世界には魔法があるから、占いもメジャーなものなんですかね。私のいたところだと、占いはほとんど娯楽として楽しむもので……当たれば面白いな、くらいの」
「……ふうん、言ってくれるじゃん。監督生ちゃん、ひょっとしてオレのこと煽ってる?」
「え!? いやそんなつもりは……ごめんなさい!」
「オレの占い、けっこー当たるんだから!」

 子どもみたいにちょっとした負けん気を起こしたオレは、彼女の手を掴んで深夜の校舎内に忍び込んだ。
 魔法で明かりを灯して廊下を進めば、ぎゅっとオレの手を握り返す力が強くなる。「こんな時間にいいんですか」と声を震わす監督生ちゃんに「大丈夫!」と呑気に返事をする。だって目撃者なんて、動く絵画だけ。普段から彼らや彼女らと仲良くしているオレにとって、とても敵じゃない。

 校舎の階段を昇り切った最上に、天文台はある。思い扉を開けると、監督生ちゃんは小さく感嘆の声を貰した。

「わ、すごく綺麗です」
「だよね〜。オレもここ好き。映えるし、誰もいないし」

 占星術の授業くらいでしか使われないその部屋は、ドーム型の天井一面がガラス貼りで空が一望できるようになっている。もっとも、授業中には本物の星は見えないのだから、ちょっともったいない。そんな気持ちもあって、ここには授業をサボりたくなった時や一人になりたくなった時に、たまに来ていた。

「じゃあ監督生ちゃん、見てて」
「はい」

 ごくりと息を呑む監督生ちゃんを椅子に座らせて、オレはマジカルペンを一振りする。目の前に直径2メートルほどのホロスコープを映し出すと、淡い青紫の光が部屋中に満ちた。

「魔法陣みたいですね。ホロスコープ……っていうんでしたっけ」
「さすが監督生ちゃん、よく知ってるね。君のいた世界では『単なる娯楽』みたいだけど、言う通り、ここではけっこうメジャーなんだよね、占星術って。星の動きの読み取り方によって、もちろん当たる当たらないはあるけどさ。間違った読み方しちゃうと、そりゃその通りにはなんないし」
「それじゃあ、ケイト先輩は読み取り方が上手ってことですね」
「そうだね。……って、なんか人に言われるとやりづらいんだけどさぁ」
「天邪鬼ですね。さっきはあんなに自信満々だったのに」

 彼女に呆れられたり、揶揄われるのは嫌いじゃない。

「先輩のこと馬鹿にしてないで、教えて。誕生日と、星座と、生まれた時間」

 なんて、本当は誕生日と星座までは知っていた。だって彼女がマジカメのアカウントで公開にしていた情報だ。
 それなのになぜこんな回りくどいことをしたのか、ひとつひとつを丁寧に答えてくれる監督生ちゃんの声を聞きながら自問自答をしていた。 
 監督生ちゃんのひとつひとつの答えを光にして、マジカルペンでホロスコープの中、10の天体と、12のハウスと呼ばれる空白に星を書き入れていく。ここまでは誰だってできる。
 要はここからが得意、不得意の分かれ目なのだ。

「どうですか、私の運勢?」

 まだどこか半信半疑なのだろう、半笑いで尋ねてくる彼女が憎い。
 でもオレは優しいから、彼女に手を貸して立たせるとホロスコープの前まで連れて行く。ぼんやりと淡い光がその頬を照らして綺麗だけれど、ホロスコープの結果を見ると、なんとなく口の中に苦みが滲むような心地だ。

「何が何だか分からないと思うけど、とりあえず言ってみようかな」
「はい、お願いします」
「……ナマエちゃんさあ、裏切る、でしょ」

 誰を、とも何を、とも言っていない。そこまではオレにも分からない。それは彼女も一緒だったのだろう、「へ?」と上擦った声を漏らした。

「……私が、裏切るんですか。何かを」
「そうだと思うな。そうじゃないといいとも思うけど。まあ、占いなんて単なる娯楽だし〜」

 手のひらを返して笑ってみせるけど、10の天体と12の星座はそう告げていた。監督生ちゃんの表情はいまいち晴れないが、何よりオレ自身の心がどんよりと曇っていた。

 自分で言うのもなんだけど、本当に占星術は得意だ。このホロスコープを見るに、いつか彼女が誰かを――もしかしたらオレを――裏切ったり、嘘を吐いたりするかもしれないということが、曖昧にだけれど、容易に分かってしまった。それが今すぐにじゃなく、いつかの話だとしても。

「……そうですよ。ケイト先輩。占いの結果を実現したいと思って行動するから、結果的に占いが当たるんだって聞いたことがあります」
「鶏が先か、卵が先か、的な? ま、そういう考え方もあるよね」
「信じてください」
「え?」
「私のこと、信じてもらえますか。ケイト先輩のこと、絶対に裏切ったりしません」
「……え、なんでオレなの」
「え……一番、悲しませたくない、から」

 途切れ途切れの言葉が、力なく地面に落ちる。それでもその瞳だけはまっすぐにオレを見据えていて、偽りなんて微塵も孕んでいなかった。
 なぜだか、どっと安堵する。占星術にしても他人にしても、「信じる」「信じない」の問答なんて馬鹿らしい。絶対なんてないのだし。

 それなのに目の前のたった一人の女の子だけは、きっと自分の味方でいてくれるのだろうという気になった。そう思いたいだけかもしれないけど。

「……じゃあ、オレのお願い言ってもいい?」

 彼女の前だと、際限なくワガママになってしまう。恰好付けたいのに、どこまでも子どもくさくなってしまう。「言う」というより、唇から「溢れる」というほうがしっくり来る。優しい彼女が「もちろん」と答えるのを待って、オレは零してしまった。
 絶対に叶わない、願いを。

「オレの傍にいて?」

 この世界にいる間だけでもいいから、と付け加えるのを忘れてしまったけど、彼女は理解しているようだった。だって、その表情に悲しみは滲んでおらず、ただ柔らかに微笑んで「そうさせてください」と言うだけだった。

 どっと安堵した。思わず瞼が熱くなるのを堪えながら、オレはこの子が、どうしようもなく好きなんだと思った。帰るべき場所がここではない彼女を好きになってしまうなんてヘマ、オレはしでかさないとずっと思っていたのに。

 ていうか、もうその時点で手遅れだったんだろうな。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -