誰かが電気を点けるまで | ナノ


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 はっ、と意識を取り戻した。うっすらと全身に汗が滲んでいるのが分かった。周りを見渡すと明らかに知らない部屋の景色で、起こした体の上には、ぱりっと糊の利いた白い掛布団があった。畳に違い棚、そして私のために敷かれているであろう布団と、えらく和風の空間だ。

「ああ! 目が覚めたんだね」

 びっくりして体を揺らしながら声の方向を確認すると、お盆を持った――長船さんが立っていた。

「え? 長船さん……?」
「そうだよ、僕だ。ごめんね、まだ寝ていると思って勝手に入っちゃって。かれこれ半日寝ていたから、そろそろ起こそうと思って雑炊を作ってきたんだ。起きぬけの体にも馴染むと思って」

 彼は入室するとお盆を床の横に置き、周りのものを片したりといそいそ動き始めた。状況が整理できない私は必死に頭を働かす。確か、彼と夏祭りに行ったところまでは覚えているのだが。

「はい」
「え?」
「浴衣、苦しいでしょ? 俺ので申し訳ないけど、嫌じゃなかったら着替えて」

 長船さんがシンプルなTシャツを私に差し出す。布団を捲ると確かに私は、夏祭りに着て行った浴衣のままだった。寝崩れて脚は丸出しになっている。あまりにはしたなすぎる、と長船さんをちらっと見たら、「だって勝手に脱がせるのは……ねぇ」と困ったように笑っていた。ますます恥ずかしくなって、ただただ俯いて「すみません」を繰り返した。



「お洋服、お借りしました。何から何まで……ありがとうございます」

 長船さんは私が着替え終わったのを確認すると部屋に戻ってくる。私を見るやいなや、「やっぱり大きすぎるよね」と苦笑いしていた。彼の雰囲気はいつも社内で見るそれと何ら変わらないのに、このえらく和風な空間とはあまりマッチしていなかった。
 長船さんは、私を安心させるみたいに至極ゆったりと微笑みを浮かべてから、「ここは僕が今住んでる家なんだ」と教えてくれる。差し出された冷たいお茶は、食道をすうっと冷やしながら乾いた体に染みていった。

「混乱してるでしょ。俺、あの時君と逸れてから必死に探したんだ。でも見つからなくて。ごめんね、俺がもっとちゃんとしっかり見ていれば、こんなことにならなかったのに……ようやく見つけたら君は気を失ってた。ひどく顔色が悪かったよ。僕自身は、君がなぜ倒れたのか見ていないんだけど、他の人が君を助けてくれてたんだ」

 自分が気を失った理由も、事実も、全く思い出せなかった。ただ、漠然と、背筋が冷えるような不快感だけ僅かに蘇ってくる。

「私、倒れてしまうほど体調が悪かったとは思わなかったんです。自覚がなくて。本当に……ご迷惑おかけしました。助けてくれた方にも、お礼を言わないと」
「うーん、さっきまで居たんだけどね」

 なぜか長船さんが申し訳なさそうな顔をする。どうやらもう帰ってしまったらしい。私を運んでここまで連れてきてくれたのだとしたら、とんでもなく優しい人だ。私はますます、その人に謝罪とお礼を申し上げなければなるまい。

「多分だけど、また会えると思うよ。そろそろ雑炊もいい具合に冷めたから、食べられる分だけ食べて。君は確か、猫舌だったよね」

 彼だってとんでもなく優しい。私のために用意された雑炊はほかほかと湯気をまだ放っていて、そのいい香りで空腹を思い出した。「いただきます」と告げて一口口に運ぶと、まるで実家の料理を食べているかみたいに舌に馴染む、優しい味をしていた。見守るように私を見ている彼の視線に、少しだけ落ち着かなさを覚える。そういえば、彼の前で何かを食べてばかりだ。

「良かったよ、今は何ともなさそうで。本当に心配だったんだ。ごめんね」

 長船さんの顔が幾分辛そうだったので、私はより元気なのを示そうと「これ美味しいです」と告げながらレンゲを揺する。おそらく大人げなく見えているであろう私に、彼はふふ、と微笑んでいた。

「以前にも思ったんですが、料理がお得意なんですね」
「うん、結構好きだからね。今は仕事でこの辺りに来てて、5人程で住んでるんだ。僕が食事当番みたいなものさ」
「そうなんですか。通りで、一人暮らしには広そうなお家だなって」
「はは、うん。また遊びにおいで。みんなも会いたいだろうしさ」

 それは彼の仕事仲間の人たちだろうか。彼がどんな人とここで暮らしているのかが全く想像できない。長船さん自身が、そうそういないような、なんだか一風変わった人だからかもしれない。考えておきますと伝えると「きっとだよ」と念を押されてしまった。

「そう言えば、うちは今日も仕事だけど、君もそろそろ出ないとまずいんじゃないの?」

 あっ! と声を上げる。昨日も仕事だし今日も仕事だ。布団の周りにある物をかき集め、残りの雑炊を掻き込み、服は……また今度返しに来よう。

「片付けておくから、会社には間に合ってよね。また今度、会議があればお邪魔するよ」
「色々と、本当にすみません。今度、服もお持ちします!」

 心なしかいい匂いのするTシャツ、なんて言ったら怪訝な顔をされるかもしれない。言わないで黙っておいたら、長船さんは玄関まで来て手を振ってくれる。もう一度お辞儀をして家を出た。5人で住んでいるというだけあって、町屋のような外見の建物は大きかった。こんなところにこんな建物あるんだ、としばらく感心してしまったが、そもそもここはどこなんだろうか。



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