誰かが電気を点けるまで | ナノ


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 奥襟も抜けているし、帯も緩くないし、多分これで大丈夫だろうと家を出た。長船さんに伝えられた待ち合わせ場所に行くと、彼はもうやって来ていた。普通にしていても目立つというのに、浴衣を召している彼はより一層人混みの中で際立っていて、一瞬で見つけられた。

「ん、みょうじさん、こっち! おいでおいで」
「すみません! 遅れて」
「大丈夫、まだ時間前だよ」

 長船さんは困ったように笑うと、携帯の待ち受け画面を私に見せてきた。表示されている数字4桁。確かに、約束の時間まではまだ僅かに猶予がある。

「走って来ちゃったんだね。もう、まだ全然間に合うのに……。鼻緒で靴擦れとかしてない? 大丈夫?」
「はい、大丈夫です……」
「ちょっとこっちおいで」

 軽く手を引かれて、道の端の、物陰へと導かれる。「ちょっと失礼するよ」と柔らかに言い放つと同時に長船さんは私の体へと手を伸ばす。「えっ!?」と声を上げた瞬間、布が引かれ、思わずその場でふらつく。

「あっはは、ごめん、変な勘違いさせちゃったかな。走って崩れた着物を直そうと思って。大丈夫、何もしないよ」
「……恥ずかしい」
「ううん、可愛いよ。その色、君にすごく似合ってる」

 そう言う割には自分もかなりキメている長船さんは、笑いでほんのり頬を染めていた。さらりと褒め言葉を言えてしまう彼には、照れるよりも先に「へぇ、すごい」という驚きが勝つ。それにしても、そんなに笑わなくてもいいはずだ。この人は本当に、私を妹か何かのように扱っているらしい。現に今、至極楽しそうに目を細めて私を眺めている。

「怒らないで。ねぇ、何か食べたいものはある?」

 ほら、な。



「長船さ……あれ?」

 久しぶりの縁日でひどく高揚してしまった私の体温は一気に下がる。右手に焼きもろこし、左手にイカ焼きを持ったまま私は反省した。まだ両手のものも食べきれていないくせに、焼きそばを見つけて周囲も見ずに一目散に向かってしまった。ああ、長船さんの手にもからあげを持たせていたというのに。
 羽目を外した私を置いて、祭りは最高潮に賑わっていて、長船さんの姿は一瞬にして見えなくなってしまったのだ。あんなに目立つ人なのに。



「おや、どうしたお嬢さん。きょろきょろして、恋人と逸れでもしたか?」

 はっと振り向くと、私を見ている男性が2人立っていた。さっき見ていた屋台の裏は神社になっていて、その入り口の鳥居に凭れるようにして立っている。ただのナンパか、と振り向いたことを後悔し、踵を返そうとすると、男性はまだ声を飛ばしてくる。

「気を付けないと危ないぜ、今日は特にな」

 ぎらつく瞳が暗闇の中で映えていた。その色は長船さんのそれと少し似ていた。白い髪と白い装束、そしてその瞳を合わせ見て、どくんと心臓が高鳴る。どこかで感じたような雰囲気を、この人も纏っている。

「こういう日には、どうしても連中が紛れ込むからな。境界線が曖昧になるんだ」

 溜息混じりに付け足したもう一人の男は、青丹のような色をした髪が美しく、やはりこの世のものではないような気がして急に不安になる。一歩足を動かした瞬間、さっきまでの喧噪が嘘のように静まり、耳鳴りがした。

「あ、ここは……なんで……」

 背筋から温度が殺されていく気がした。スローモーションのように縁日を楽しむ人々の波が動き、私の体はどんどん重くなっていった。耐えかねてついに倒れる。足掻くように薄目を開けたとき、どこかで見た黒い美しい長髪と、目隠しするように翻る浅葱の布が、視界を横切った気がした。



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