誰かが電気を点けるまで | ナノ


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 沈黙が訪れれば、途端に分からなくなってしまう。彼にまず、何を伝えればいいのか。結んだ口を開いては閉じて、布団を握り締めた。傍にいる和泉さんの顔は、鏡のようにそれを映す。もしかして、彼も私と同じなのかもしれない。

「……あの、本当にありがとうございました」

 ようやく、出来損ないのような言葉を紡ぎ出せば、和泉さんは眉を寄せる。ムッとしたような表情にぎょっとして、なぜ、と問い掛けそうになったのだが、それは叶わなかった。私の体は和泉さんの両の腕で、きつく締め上げられたのだ。

「えっ、い、和泉さ……」
「お、俺は!」

 近すぎて、見えない彼の顔。声だけが確かに、必死さを滲ませていた。

「当たり前みてえに、なってたんだ。あんたがこうして傍にいるのが、ずっとずっと続くんじゃねえかって、どっかで思ってた」
「……ち、違うんですか」
「……違わねえ、けど」

 きっとこの先も、多分私が死ぬまで、和泉さんと、和泉さんたちと生きてゆくのだ。その覚悟は意外にも、既に出来ていた。僅かに震える和泉さんの熱い喉元に気が付いて、私はそっと、その広い背中に手のひらを当てる。

「は、あんた……すっかり、主人ぶりやがってよ」
「和泉さんが、悲しそうだから」
「……ああ、そうだな。自分の大事なもんが傷付くのがいかに耐え難いのか、痛えほど思い出したつもりだ。全身で、分かった。どこにも行くな、俺はお前が大事だ」

 そう言い放つ和泉さんの腕の、力が増す。押し潰されそうなのに、和泉さんの焦げるような気持ちが、嫌でも伝ってきてしまう。体温がどんどんと上昇していく。和泉さんの抱擁が、他のどんなそれよりも、格別で、涙が滲みそうになるほど、私には温かいことを自覚してしまった。
 やがて、ゆっくりと緩む和泉さんの腕は、少しだけの躊躇いを孕んで。

「……なあ、いいか」

 熱に浮かされたように潤む瞳が、ある夜を思い出させる。蕩けそうな体温で肩を掴まれれば、私は逃げることなんてできない。きっと、それを和泉さんも知っているだろうに。
 俯く私の頬を包んで、彼は自分の方へ向かせる。その手のひらを拒まずに、瞼を閉じた。それが、私の答えだった。



「で、あいつは無事なんだろうな」
「ああ、あれからずっと和泉くんが付いてくれてるよ。君は、お茶でも飲む? 帰ったばかりで、喉が渇いてるだろう」
「気が利くじゃないか。頂こう」

 椅子に腰かけた鶯丸さんはお茶を淹れる僕を一瞥して、「元気そうだな」と呟く。遠征で彼がいない間の一連の出来事について、深く尋ねるまでもなく、粗方を悟ったようだ。

「霊力についてのみ話をすれば、あいつのは先代よりも遥かに底が浅い」
「……そうだね。なまえちゃん、あの日は派手に動けなかったみたいだ。でも」
「でも、なんだ」
「僕を治す早さだけは異常だった。僕はあの時、結構な深手だったんだけど、ものの数分で。彼女が力を安定させることが出来れば、何ら問題ないよ。負担さえかからないように……って、何? 僕を見て笑って」
「いや、何でもないさ。まずは良かった。あいつも、力の使い方を分かったようだし」

 愉快そうに微笑する彼が、少し腑に落ちない。

「先代も、これで安心だろう。既に、あいつを支える者もいるようだしな」

 彼の言う「彼女を支える者」が誰を指しているのか、僕には分かったけれど、あえて返事は寄越さなかった。気付いているのは僕だけじゃない。彼は机の端に寄せていた本を取り寄せると、乾いたページをはらはらと捲り、目当てのページを開く。僕が黙っている間、本の上を上下していた視線はまたこっちへ戻って来ると、やはり愉快そうに緩むのだった。

「お前は、いいのか」
「え、何がだい?」
「確かあいつを“妹のように”、気に掛けていただろう」

 彼の言葉は足らないなりに、やんわりとその胸中を訴える。真意だけは透けないようにして。僕だって、あけすけにしたくない気持ちの一つや二つ、あるっていうのに。

「ああ、なまえちゃんはね、まるで妹みたいに可愛いよ。僕も全力で支えるさ、死ぬまで」

 丸い瞳を歪めて、彼は「そうか」と答えた。興味なんてそれほどらしい。そのまま本に落ちる視線を見て、少しほっとした。

「何しろ、いささかの不安は残っても、異論はないな。あいつに身を任せることに、心配は不要なようだ」

 彼の言葉に、深く頷いた。刀である僕たちに、彼女は確固たる存在だ。今、仕えているあの人の血を、間違いなく受け継いだあの子の、確かな温かさ。触れればきっと誰もが分かってしまうのだろう。あの子と共に戦う未来が、手に取るようにじわじわと、脳裏に浮かんでゆくのだ。その未来のためなら、僕のこの憂鬱に永遠に蓋をしておくことなんて、ちっとも辛くない。



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