誰かが電気を点けるまで | ナノ


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「おいおいなまえさんよ、最近心ここに在らずって感じだ。ぼーっとするのは良くないぜ、関心しねえなあ」

 和泉さんの家からの帰り道、隣を歩いていた和泉さんにいきなり顔を覗き込まれたかと思えば、そんなことを言われた。

「考え事ですか? たまには、そんな日もありますよね。ゆっくりするのが一番ですよ」

 反対側からは堀川くんが穏やかな笑顔を覗かせてくる。私は曖昧に頷く。考え事をしていること以外は、お腹も一杯だし、彼らと過ごす時間は楽しいし、ごくごく幸せな日常だ。長船さんのご飯を頂いた後にこうして私の家まで散歩をするのも、日課のようになってしまった。

「はぁ、国広がそうやって甘やかすから、こいつがいつまでもボケッとしてんだよ」
「僕は別に、甘やかしてなんかないよ。なまえさんに悩み事があるっていうのは心配だけど」
「そう言っちゃあそうだ。怪我でもしてみろ」
「2人とも、私、怪我するほどぼーっとはしないから。心配かけたのはごめんね。アイス買ってあげるからその、許して」

 おのおの喜び勇む姿を見て、笑いが込み上げる。この人たちはどうも、目新しいものが好きなようで、きっと新発売の珍しいアイスでもあげればきっと目を輝かせてくれる。近付いてきたコンビニに小走りで入ると、2人に待ってて、と伝えて、アイス売り場に直行した。

「……和泉さん、クッキー入りのアイスとか食べられるかな……」

 まあ「バッカこんなもん食えるか!」と怒られたら、その時はその時だ。アイスを3本入れたレジ袋を提げて、店を出る。しかし、そこに待っていたはずの2人の姿はなかった。

「い、和泉さん? 堀川くん?」

 ひょっとしたら近くに隠れているのかもと思ってしまうのは、疑り深い私の性分だ。遅る遅る店の裏に回っても、見当たらない。何か急激に、寂寥感が私を包む。頼もしいけどすらりとした和泉さんの体躯も、堀川くんの芯の通った透き通る瞳も、途端に恋しくなる。すぐそこに、いるはずなのに。私を不安にさせるのは、どこからともなく来る漠然とした恐怖だった。
 瞬間、目上に閃光が走る。少し距離を取ってから見上げると、あり得ない光景がそこにはあった。背筋がぞっとする。以前にも味わったことのある感覚だと、思い出してしまった。和泉さんの髪が、長かった頃の。あの縁日の夜。朱色の鳥居。

「見るな! こっちに来るんじゃねえ!」

 叫ぶような声は確かに、和泉さんから私に向けられたものだった。和泉さんの言葉に従う余裕なんてなく、私はそこに突っ立っていた。何が何だか分からない。2人が剣を向ける、その切っ先に、この世のものではないものがいた。

「でも、兼さん一人じゃ」
「早く行け」
「はい!」

 彼らのやり取りは、全ては聞こえない。堀川くんは、私がいる地上から、何メートルあるか分からない屋根の上から飛び降りた。思わず叫びそうになるけれど、恐る恐る瞑った目を開くと、無傷の堀川くんが既に私の方へ来ていた。

「なまえさん、怪我はないですか? 質問と説明は後だよ」

 私の手前に構えたまま片膝を着く堀川くんから、張り詰めた空気が漂ってくる。私を守ってくれているらしいことは分かった。堀川くんは声色こそ穏やかなものの、一瞬たりともあの化け物から、殺意に満ちた視線を離さなかった。少し、ぞっとする。

「堀川くん……あれは」
「もう、あれが見えるんだね」
「え?」

 質問と説明は後、という堀川くんの言葉を思い出して、押し黙る。私よりも幾分年下のはずなのに、制するように私の前に翳されている腕はとても頼もしかった。

「……私は、何をすればいい」
「僕たちが守るから、どうか今はまだ、何も見ないでいて」

 堀川くんがやっと私を見た。蒼い瞳は揺れていたけれど、したたかさに溢れていて、私は頷いた。けれどその奥でぎらりと鈍く光る眼光に、確信する。やっぱり彼らは、何かが違う。
 血の底から響くような音がして、視線を上げると、「あれ」は消えようとしていた。閃光に目が眩む中、研ぎ澄まされた嗅覚。血のような匂いが張り付いた。嫌な感じがして、堀川くんの腕を押し除けて駆け寄る。

「なまえさん! 待って!」

 届きもしないところにいる和泉さんの姿を探す。やっと開けた視界に、彼は立っていた。すぐに彼の状態が分かる。あ、と乾いた声が出た。よろよろと数歩足を進めた和泉さんは、そのままこちら側に落ちてくる。その体躯は、力なく宙に抱かれた。

「和泉さん!」

 すかさず走って来た堀川くんが、落ちてくる彼を全体で受けるように体を滑り込ませる。力の籠っていないぐったりした腕が垂れているのを見て、体が動かなくなる。からんとコンクリートに落ちたのは、紅く染まった日本刀だった。

「……ちょっと、無理しちまった」

 かろうじて聞き取れるほどの声だった。彼の肩から流れる血でコンクリートが染まる。はっとして駆け寄ると、和泉さんの腕で制される。見るな、と。
 ざり、と靴とコンクリートの間で砂利が擦れて、同時に気が遠くなる。この感覚、この匂い、私はどこかで知っていた。彼らは普通の人じゃない、こういうところで生きている。不思議と驚きよりも、納得が勝った。

「なまえさん」

 ゆっくりと堀川くんが顔を上げたので、私は確信した。

「あなたなら、治せるんです」

 青ざめた顔で懇願する少年。気を失いそうなほどの寒気に、微かな血の匂い。体中の全てを塞ぎたくなるほどの絶望に、和泉さんの閉じられた瞼が深く、刻まれる。



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