誰かが電気を点けるまで | ナノ


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 テーブルの上に所狭しと並んだそれは、照れた乙女のような色をしている。散りばめられた胡麻はさしずめ、可愛らしいそばかすと言ったところだろうか。

「やっぱり焼肉はいいな、肉はいい。ほら、体の一部になってってる感じがするだろ」

 カルビを頬張り、咀嚼もいいところにごっくんと飲み込み、ビールで喉を鳴らす和泉さんは、なんだか無邪気で、この人が大人だということを忘れそうになる。私も焼き上がった肉を一切れ口に運ぶ、仕事終わりの体に、その油こい味は暴力と表現してもいいほど美味しく、染みた。

「けっこう大食いなんですね。その食べっぷり、見ていて気持ちがいいです」
「日頃、体力使うしな。食わねえと力が出ねえんだよ、人間の体ってもんは」
「私も人間だから分かりますよ。和泉さんのお仕事はハードなんですね」

 彼は一旦、箸を皿に置く。腕組みをして私をじ、と見ていた。私と和泉さんの間にはうすら白い煙がかすかに漂っていて、少し邪魔だと思った。煙越しに和泉さんは少し微笑む。その微笑みのニュアンスは私には分からなかったけど、彼は気にせずメニューを取り出して眺め始めた。

「あんたも早く、食えよな。こっちばっか見てねえで。あんた、俺を眺めるのが好きだな」

 少し嬉しそうに口角を緩ませているのは、彼が彼自身を誇りに思っているからだと分かった。

「そうですね。不思議なくらい飽きませんね」
「……そういや、最初に会った時、知り合いに似てるって言ってたな」
「あぁ」

 彼の髪が長かった頃、それを引っ掴んで、和泉さんのことを困らせた。今思い出すと、すごく恥ずかしいことに思える。あの時の行動は咄嗟に、だったのに。あの瞬間の自分の気持ちが、今はもう理解できなかった。

「忘れたとは言わせねぇよ、あんたの必死な顔が印象的でね」
「そうでしたか……もう、すごく昔のことに思えます」
「で、俺は誰に似てんだ? まさか、昔の恋人とかじゃねえだろうな」
「ああ、当たりです」

 答えると和泉さんはげほげほと咳き込む。大丈夫かと聞くと、赤くなった鼻を擦りながら苦笑した。

「あのなぁ、俺は冗談で言ったのに」
「そうでしたか、すみません」
「いや、でも複雑ではあるな……反応に困る。とりあえず、俺みてえのが好きって事だろ? まぁ喜んでやらなくもないけどな、そいつを重ねて俺を見られるってのも……」

 少し考え込むように視線を斜め上に上げていた。まだどこか渋い彼の顔は、目の前の網から立ち上る煙が減って、さっきよりもはっきりと見える。首が露わになって、その面影はより一層、恋人だった人に似たかもしれないけど、不思議と私は最初に会ったとき以来、和泉さんとあの人を重ねることはなかった。

「嫌ですよね、すみません。あの時、あまりに似ているように見えたから思わず和泉さんに声を掛けてしまったんですけど、和泉さんっていう人と話すと、なんか元カレの顔忘れちゃって。もう和泉さんっていう人にしか、見えなくて。だからその……安心して貰えると」

 それくらい彼は私にとって鮮烈だった。顔も、今もまだ艶やかな髪も、声も、纏うもの全てが鮮烈だった。

「……前から思ってはいたが、よくもまあ、なんでそんなこっ恥ずかしいことを惜しげもなく言えるかねぇ」

 和泉さんは苦笑しながら、でも少し嬉しそうに見えた。これまで彼と接していて、彼は褒められるのに弱いらしいということが分かった。単純で、やっぱりどこか少年のようだ。上機嫌で箸を持ち、すっかり駆逐されていた肉をまた網の上で育て始める。

「ま、昔のことなんざ存分に忘れればいいと俺は思うね。時には流れがあらあな、今目の前にいる俺のことでも考えてな」
「ぶ……いやいや、和泉さんも十分にこっ恥ずかしいですよね」
「はぁ? うるせぇ!」

 和泉さんは網の上に置きたての肉と同じような色に頬を染めた。すなわち照れた乙女。トングで肉をひっくり返すと、心地いい音とともに、この期に及んで食欲をそそる匂いが挑発的に香り立った。

「あ」
「どうしたんですか」

 和泉さんはポケットの中からごそごそと携帯を取り出す。時間を見て「あーあ」といった感じに顔を歪めていた。

「……飯、外で食ってくるって言うの忘れた」
「あら……お家の人、作って待ってるんじゃないんですか」
「まぁ、俺だけじゃないのが救いだが、悪いこたしたな」

 和泉さんが画面を見たままううむ、と考え込んでいる間に、焦げないように肉をひっくり返して焼き加減を調節する。途中から、じっとこっちへ向く視線に気が付いた。

「なぁ」
「何ですか」
「お前、まだ食えるだろ?」

 え、と不細工な声が出る。私が返事をする前に和泉さんは携帯を耳に当てて、「よお」と通話を始めてしまった。



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