正直「告白は三回目のデートで」みたいなセオリーなんてどうでもいいと思っていた。
 そんなものに目安があったって意味がない。ていうかお互いの気持ちが見極められれば何回目だっていいでしょ、というのが私の持論だったのだけど、ついぞ上鳴くんとはなんの進展もないまま、休みの日にふたりきりで出かけた回数が七、八回を超えそうな今日この頃だった。

「……あ、いるよ」

 隣を歩く友達が私の肩口に顔を寄せ、密告するような声で言った。
 表情を変えずに視線を上げる。鮮やかな金髪は誰といたってどこにいたってわかりやすくて、すぐに私の視線を捕まえてくれた。ヒーロー科は演習だったのか、向かいから歩いてくる上鳴くんは体操着の上着を肩に引っかけたままだ。
 視線だけで盗み見る私とはちがって、上鳴くんはといえば瀬呂くんの背中を楽しそうに叩きながら笑っているだけだった。
 そして私とすれ違いざまにだけふっとやむ、上鳴くんの明るい声。黄金色のひとみが隣を通り過ぎるとき、ほんの一瞬だけ私を見た。残像になって揺れてすぐに消えたその色が名残惜しくて、胸がきゅっと痛む。
 休みの日に会うときと違って、学校の廊下ですれ違う上鳴くんはろくに話しかけてくれない。友達は「なにそれしょうもな、照れてんじゃないの」と言うし、私も最初はそうだったらいいと思っていたけれど、だんだんと自信はなくなってきた。
 ほとんど関わりのなかった上鳴くんが突然普通科の教室を訪ねてきて、いきなり連絡先を聞いてきたのが数か月前。私も彼のことは知っていたし、何なら「ちょっといいな」なんて思っていたから、毎日のように他愛のないやり取りができるのは嬉しかった。
 弾む気持ちが抑えられなくてそのことを友達に話したら、「そういや前にクラスにも何人か連絡先聞かれたって子いたわ。女好きとか? 大丈夫?」と言われて落胆したけれど、瀬呂くんが言うには「あー誤解誤解!」ということらしい。

「まーたしかに入学してすぐのアイツって見るからに浮足立ってて、クラスも科も見境なく交友関係広げようとしてるとこあったよ。けど最近はそういうトコもめっきり見てねーな。いっつもみょうじさんの話ばっかしてさ」

 そのあと「安心した?」と眉を上げながら聞かれて、めちゃくちゃ恥ずかしかったことだけは覚えている。
 まるで私が上鳴くんのこと好きみたいじゃん、ていうかもう、好きだよね。じゃないと辻褄が合わない。自分の気持ちを認めたのもそのときだった。
 同時に、上鳴くんも同じ気持ちだったらいいな、と日に日に期待はふくらんでいった。
 ぎりぎりまで悩んだ服のことを「カワイイ」って言ってくれるかなと思ったら意外にも「似合ってる」って笑いながら褒めてくれたところとか、沈黙の途中で急に話を振ったら「ウン!?」って声の調子が外れるところとか、「そろそろ帰るか」って言うときの、まっすぐだけどちょっとだけ欲しがるような視線とか――そういう上鳴くんの全部が私の期待をどこまでも大きくさせておいて、最後は「でも、いまだに告白めいたことなんにも言ってこないしな」で、結び目をほどいた風船のように一気に萎ませる。
 「告白は三回目のデートで」、なんていう通説に誰よりも振り回されているのは、他でもない私だった。



「上鳴もなにモタモタしてんだろうね。いっそのことあんたから言っちゃえば?」
「えー……もう無理だよ。もうすこし早ければできたかもしれないけど」
「なにゆえ?」
「上鳴くんからしたら、私はもう友達カテゴリに入っちゃったのかもって思って。夏ぐらいから毎日メッセージしてるし、ふたりで遊ぶのももう何回目かわかんないのに『付き合おう』とか『好き』とかも言ってこないし。ふつう、匂わせるセリフくらい言うよね? 『好きなやついんの?』『俺はいんだけどさ』とかそういう……」
「モノマネ地味にうま」

 せっかく食堂に来たのにどうしても購買のメロンパンがよく見えて、日替わり定食を食べる友達の向かいでパサパサのそれを頬張る。一緒に買ったパックのコーヒーはちょっと甘すぎた。

「とか言ってるけど、結局今が一番楽しい時期だからもったいぶってるだけでしょ。あんたも上鳴も」
「そんなことないよ。確かに楽しいけど、もう十分楽しんだ」
「ふうん。はやく自分の男にしたいってことね」

 片方の唇だけ持ち上げた意地の悪い笑みを寄越されると、急に自分がはしたない人間のように思えてしまう。

「そんなんじゃなくて、はやく堂々と好きって言いたいし言ってもらいたいだけ!」

 変な言い方しないでよ、と小言を言いながら空になったメロンパンの袋を折り畳む。
 先に捨ててくるね、と席を立って振り向いた瞬間、すぐ目の前に人が立っていて、思わずわっと声を上げてしまった。

「あっ、上鳴くん!? えっとごめん、えーと――」

 視線を上げた先には今しがたまで噂の的だったその人が立っていて、無意識に声が澱む。
 上鳴くんが持っていたトレイにはハンバーガープレートが乗っていたが、私の肩が当たってしまった衝撃のせいか、添えてあるフライドポテトが一本トレイに落ちていた。

「いや俺こそボーッと歩いててゴメン! や……つーかなまえちゃんこそ大丈夫?」
「だ、大丈夫! ごめんねほんと、これ捨てに行こうとしただけ」

 なんにもおもしろくないのに、無駄に丁寧に引き結んだメロンパンの袋を上鳴くんに見せてしまった。上鳴くんは私が指でつまんだそれを見て切れ長の目をぱちぱちと瞬かせる。
 ――そりゃそうなるよな。なんで私はゴミなんかをこんな得意気に見せてるんだろう。

「それよか今さ――」

 私が見せびらかしているゴミのことは美しくスルーして、上鳴くんは私に視線をうつす。何か言いたげに半開きのまま、吐き出す言葉を一生懸命選んでいるような唇を見てはっとする。

「……もしかして、今話してたこと聞こえてた?」
「エッ!? いやなんつーかえーと…………ウン」

 右へ左へ行ってから、花火の最後みたいに弱々しく下に落ちていく目付きが、動揺を語っていた。にわかに口内の水分がなくなって、顔中に熱が集まる。
 彼も同じ気持ちだったらいい。はやくそれを確かめたい。そう思っていたのは自分のくせに、いざ本人に聞かれてしまったとわかれば、言いようもない羞恥に包まれる。
 これじゃあまるで急かしているみたいだ。まるで「私のこと好きなの? だったら早く告白してよ」みたいな。そんなのあまりにも嫌な女すぎる。
 何も言えない私を上鳴くんが横目で伺って、居心地悪そうに首元に手を宛がった。

「あのさ――」

 上鳴くんが声を向けた先は私ではなかった。私を通り越して、背後の友達に向かって彼は言う。

「今からコイツのこと十分くらい借りたら怒る?」
「全然いいよ。持ってきな」
「あとコレも一旦置いてい?」
「いいよ。つまみ食いしちゃいそうだけど」
「せめて半分くらいは残しといて」

 トレイをテーブルに置く音がしたあと、上鳴くんが戻ってくる。
 だらりと下ろしたままの右手の袖口を、上鳴くんがつまむ。何も言わないまま遠慮がちに私を見つめた黄金色のひとみが、じりじりと熱をはらんでいる。
 ――このあと何を言われるのか、いやでもわかる。いや、聞かずともわかってしまう。
 デジャヴだ。これと同じ種類の視線を、これまでも彼から何度か送られたことがあるような気がする。
 あのとき水族館で大水槽を眺めてながら浸った沈黙のなか。あの日一緒に観て最高だった映画のエンドロールのあと。
 きっとどの瞬間も、たまらなくなって逸らしてしまったのは私のほうだ。心の準備ができていなかったのは、私のほう。
 でも今日ばかりはもうそうはいかない。
 「行こ」と掠れた声とともに引かれる右腕。私の喉元もいっそう水分を失って「え」というバカみたいな母音しか零せない。
 この期に及んで「ポテト食べなくていいの」と史上最悪の照れ隠しをしてしまった私を見て、上鳴くんはすこしだけ眉を下げた。そしてためらい混じりに、でもどこかせがむような表情で言った。

「……戻ってから一緒に食えばよくね?」

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -