「恋と友情のどっちを取るか」なんて究極の二択を迫られるのは、少女漫画の中だけの話かと思っていた。
――わたしならどっちを取るんだろう。
たとえば、親友がわたしと同じ男の子を好きになったとしたら。私かその子のどちらかしか幸せになれないのだとしたら。
もしそんな二択を迫られたら、きっとその瞬間になってみないと自分がどうするかなんて分からないな――他人事みたいに独り言を呟きながら、みちるさんから借りた漫画のページを捲っていた高校時代、わたしは、確かに恋をしていた。
夕暮れの被服室のいちばん後ろの席に、わたしと一つ下の後輩はいつも並んで座っていた。文化祭で披露するドレスの型を取りながら、ブローチにする薔薇の花をかたちづくりながら、卒業までの二年の間にいろんな話をした。
いつかの夕暮れ、針を動かしながら絶え間なく喋る器用な彼女が、珍しくしばらく黙りこくっていた。どうしたのと尋ねたあと、ううんと煮え切らない声を漏らしたあと、静かに切り出した。
『あの……突然なんですけど、なまえさんには、好きな人っています?』
『えっと、急にどうしたの』
『ふふ! みんなに大人気の先輩だから、ずっと気になってたんです。今年のローズクイーンに選ばれるのもぜったいなまえさんだろうし、そんな完璧な人が選ぶ男の子ってどんな人なんだろうって』
『いくらなんでも、買い被りすぎじゃない……?』
『そんなことないです。まああたしは、なまえさんが意外とドジでよく針で指刺したりしてるのも、椅子に足引っかけて転びそうになるからうかつに目も離せないことも、ぜんぜん完璧なんかじゃないってことも、知ってますけどね』
『……風真くんみたいなこと言うんだね』
『えっ、やっぱり風真先輩ですか、好きな人って! うん……なまえさんと風真先輩って、誰が見たって仲良しですもんね』
『ちがうちがう、そういうことじゃないよ! 風真くんは幼馴染だから、仲良く見えるかもしれないけど』
慌てて手をぶんぶんと振って否定してみたけれど、後輩はなぜか幸せそうに笑っているだけだった。
もう、と申し訳程度に怒ってみたけれど、「好きな人」という彼女の言葉のせいで頭の中にはひとりの人物の顔が浮かんでいて、心臓はとくとくとうるさかった。
『教えてくれないなら、あたしのほうが先に言います。そしたら交換条件で、先輩も教えてくれるでしょ?』
『えー、無理だよ』
笑いながらそう言ったけれど、本気で彼女の提案を拒むつもりはなかった。
わたしは彼女が好きだった。彼女と同い年だったら。一緒に修学旅行や体育祭をやれていたらもっと楽しかっただろう。そう思ったことなんて数えきれないほどある。だから、胸のうちに秘め続けてきたこの気持ちを話してもいいと思ったし、話したい気持ちだった。
それは毎日顔を合わせて無駄話をしてきた彼女にも伝わっていて、どちらからともなく、テーブルに頭を隠すように身を屈める。手の中で針が刺さったままの生地がくしゅくしゅと波打つのも気にせずに。
『……あたし、中学からずっと同じ人に片想いしてて』
『え、そうなんだ!』
『あたしの学年の……氷室くんってわかりますか? 下の名前、一紀くんっていうんですけど。前に廊下で話してるとこ見たことあるから、たぶんなまえさんも彼と知り合いかなって』
高揚を隠し切れない彼女の耳打ち声。
わたしは、頭のなかの言葉をすべて奪われてしまった。
やがて離れた彼女の顔が、朱を散らしたように赤らんでいることに気付く。頬を抑える動作がかわいらしかった。彼女は確かに恋をしているんだと分かった。
私と、同じだ。
彼女も私も、同じ人に恋をしている。
◇
昼休みが始まってすぐの人混みの中で、落ち葉を踏みしめて歩くひとりだけが目に留まった。
ゆったりとしたパーカーに包まれたそのシルエットを、一年半の間、心のどこかではずっと探していたのかもしれない。それぐらい、わたしにはためらう余裕がなかった。
「一紀くん!」
彼の名前を口にしたすぐ後に、慌てて手で口を覆った。
もう二度と呼ぶことすら許されないと思っていたその名前の響きが、あまりに懐かしくて泣きそうになる。
わたしの声に、すこし癖のある髪はぴたりと動きを止め、ゆっくりとこちらを振り返った。
卒業式の日の教会で会った以来、一年と半年ぶりに見たその姿。すこし頼もしくなったように見える体格に反して、いつか写真集で見た南の海の色にそっくりの瞳はなんにも変わっていない。
真昼間の太陽に照らされて、すこし眩しそうに彼は目を細めた。
「……どうも。久しぶり」
つい一週間前にも会っていたっけ、そう錯覚しそうになるような一紀くんの声の抑揚のなさは、わたしを戸惑わせるに十分だった。
「あ、ええと……突然ごめん。思わず声かけちゃって。一紀くんもここに通ってるだろうとは思ってたんだけど」
「うん、一応合格した。まあ、僕の学科は前期中ほとんど別のキャンパスで講義やってたし、実質入学式くらいしかこっちに来てないんだけどね」
「……そっか、だから同じ大学なのに今まで出会わなかったんだ」
深く考えずに吐き出した感想だったけれど、一紀くんはそれに対して返事をくれなかった。
「で、君のほうはどうなの。うまく大学生活やってるの?」
「……うん、元気だよ。今ちょうどサークルの後期新歓やってて、ビラ配り中」
一紀くんはわたしの腕の中のオレンジ色のチラシに視線を落として、涼しいトーンで「ふうん」と唸った。「一枚もらってもいい?」と言うのでちょうど右手に持ちっぱなしになっていた一枚を渡すと、一紀くんは唇を引き結んで数秒のあいだ黙ってしまった。
「一紀くんはサークルとか入ってないの?」
「ピンとくるのがなくて、結局今までなにも。……君は軽音部なんかに入ってるんだ?」
「うん……まだ全然へたくそなんだけど」
「興味あったの?」
「実は前からちょっと気になってて。ライブハウス行ったりとか、一紀くんに貸してもらったCDとか聴いてるうちに、自分でもやってみたいなって。はば学にはなかったし、大学で新しいこと始めるのもいいかなって思って」
そこまで言ってはっとする。チラシを摘まんでいた一紀くんの親指がぎゅうと力んだのも、それと同時だった。
思い出をなぞるようなことを言ってしまった。
一紀くんがあまりにも「ふつう」に接してくれるせいで忘れていた。あの日、私自身が彼と過ごした二年間の思い出を踏みにじったも同然だということを。
それなのに、卒業式の後も「いつかこんなふうに一紀くんと会えたら」と考えたことが何度もあった。わたしは世界一無責任だ。
「あ……はやく行かないと学食すぐ席埋まっちゃうのに、ごめんね。たくさん喋っちゃって」
「別にいいよ。君が変わってなくて面白かったし。じゃあ」
一粒だけの笑みを零した一紀くんはひどく大人っぽく見えて、あの卒業式の日から前に進めていないのはわたしだけなんだと確信する。
一紀くんの「じゃあ」は、あの日告げられた「さよなら」という言葉とはまったく違っていた。
そこには何の想いも重みもないという事実に、瞼の奥がじんわりと熱を帯びてしまう。
「……うん。じゃあね」
必死に笑顔をつくって一紀くんに手を振る。背中が隠れるくらいの大きなリュックが、すごく彼に似合っていた。
同じ大学に通っているのだから、これからももしかしたら一紀くんとこうやってばったりと出会うかもしれない。
そうしたら今みたいに挨拶だけ交わすような友達でいることを、優しい一紀くんは許してくれたのだろうか。一紀くんの気持ちを、自分の気持ちに嘘をついてまで、あんなにも踏みにじったわたしを――。
「ねえ」
もう行ってしまったと思った彼の声が、思ったよりも近くで聞こえる。慌てて顔を上げると、チラシを持って目の前に突っ立っている一紀くんがいた。
「あれ、どうしたの……?」
「ひとつ気になって。この新歓チラシに書いてある今日の『新歓演奏会』、ひょっとして君も出るの?」
「あ、うん……出るよ。三つめに書いてあるバンドなんだ」
「バンド名、もしかして君のアイディア?」
「どうしてわかるの?」
「そこはかとなくナンセンスだから」
「それって、全然褒めて……ないよね」
「でも、ちょうどいいや。今日の夜ヒマだったし、せっかくだからこれ、行ってもいい?」
「えっ」
さっきまで唇に微量の微笑みを宿していた一紀くんは、今に限って笑ってくれない。まっすぐに私を見つめて答えを待つ一紀くんが冗談を言っているようには見えなくて、わたしは茫然としたまま「いい、けど」と言ってしまった。
「じゃあ18時に。……あ、部室の場所分かんないから、迎えに来てくれると助かる」
ほとんど反射的に了承してしまった。何食わぬ顔で「ありがと。じゃあ後で」と去っていく一紀くんが何を考えているのかで頭がいっぱいで、午後の授業はほとんど頭に入らなかった。
◇
部室に一紀くんを連れていくやいなや、近くにいた部員に取り囲まれてしまった。
「経験者?」「ホントにまだなんもサークル入ってないの?」と一紀くんを質問攻めにしたあとは、『メインである春の新歓でさえまったく一年生を捕まえられず「勧誘ベタ」だと罵られていたみょうじが、どうやって一紀くんを捕まえて来れたのか』ということに、みんなの興味は移ったみたいだ。
ええと、と口ごもる私を横目に、一紀くんは「たまにライブとか一緒に行ってた高校の先輩と、たまたま再会したんで」と説明をしてみせる。その淡々とした物言いが喉元に引っかかる。
どうして今更傷付いてなんかいるのだろうか。彼との関係をそれ以上でもそれ以下でもなくしたのは、他の誰でもないわたしなのに。
「……なに? なんか言いたいことでもある?」
一紀くんが私の顔を覗き込んでくるので、本日何度目か分からない作り笑いをした。
「ううん! ないよ」
「ふうん。ま、君の演奏楽しみにしてるから」
「プレッシャーかけないでよ……」
会場はただの小さな部室だ。新入生に雰囲気を味わってもらうことだけが目的の演奏会なのに、わたしの緊張は最高潮に達していた。本格的な会場で演奏したことすらないズブの初心者の演奏を、よりによって音楽好きの一紀くんに聴かせることになるなんて。
披露するたったの一曲が終わるまで、彼を意識しないでいつも通りに振る舞うことで精一杯だった。
こんなに手が震える理由は、下手くそな演奏を一紀くんに聴かせなければならないことだけじゃない。
わたしがこんなところに立ってギターを弾いているのは一紀くんの影響だということが知られてしまいそうで怖かった。
今弾いているこの曲が、わたしが選んだ曲だってバレてしまうことも怖い。だって、一紀くんが「一番好き」と言っていた曲だ。
早く、早く終われ。最後のストロークが終わって、ぴたりと音がやんだあとの静寂から恐る恐る瞼を開けたら、一紀くんと目が合ってしまった。海のような色がゆらゆらと水面のように揺れていた。
何度も一紀くんと一緒に見たあの海の色が、わたしをみ込もうとしているみたいだ。
◇
もともと気まぐれでここに来た一紀くんのことだから、ライブのあとの飲み会までは面倒だと涼しい顔で断る――だろうと、さっきまでは思っていた。
けれど今、一紀くんは二つ挟んで隣の席に座っている。ジョッキを片手に、いつもより気が大きくなった先輩たちに囲まれても物怖じひとつしない一紀くんは、高校時代とぜんぜん変わっていない。
風真くんにいじわるを言う彼の姿が懐かしくなって思い出していたら、また視線が合ってしまう。なに、と言いたげに眉を上げた一紀くんの意識を、「てかイノリくんって彼女とかいんの?」「なんか高校からの付き合い長い彼女とかいそう」「あ、っぽいぽい」という先輩の声がすぐに引き戻した。
彼は「いませんよ」とすっぱり切り捨てるように答える。その潔さがいい意味で物珍しかったのか、余計に食いつかれる結果となってしまった。
「えー意外! イノリンリン、モテそうなのに」
「……なんですかその呼び方。やめてください」
「うんうん、こういう物怖じしないツンケンしたタイプ好きな女子って一定数いるよな。実際のとこけっこうモテたんじゃないの?」
「そんなことないです。謙遜でも何でもなく」
「えー絶対ウソ。理想高いとか? 告白とかはされるでしょ?」
一紀くんと、彼に詰め寄る先輩たちにぜんぶの意識が持っていかれてしまう。
ガードを踏み越えてくるような質問の連続に、今にも彼が「くだらない」と怒ってしまうんじゃないかとはらはらする。
わたしがフォローを入れるには、二つ挟んで隣の一紀くんはすこし遠い。どうにか自然にカットインしようとタイミングを窺っている間に、引き結ばれていた一紀くんの唇がひらいた。
「……卒業式に一度、告白したし、されました」
予想に反して、彼は素直に答える。青い春だ、と誰かの嘆くような声がどよめきに交じって聞こえる。
「で、どっちと付き合ったの?」
「どっちとも。僕は振られましたし。でもそのときは、その人以外じゃダメだったから」
ため息をつくみたいに彼は言った。わたしだけがはっと息を呑んだけれど、彼の声は昨日の天気のことでも語るみたいな平坦なトーンだった。
掘り下げられる前に、一紀くんは「これ以上おもしろいこと何もないんで、この話は終わりで。僕、ちょっとお手洗いに行ってきます」と半ば力ずくで会話を畳んでしまった。
「その人じゃないとダメだった」という言葉が甘い痺れになって全身を巡り、同時に「そのときは」という言葉が容赦なく胸を締め付ける。
後輩の「あの子」の顔が脳裏によぎる。卒業したあとも連絡は取っているけれど、あの夕暮れの被服室でした以来、どちらからも恋の話の続きはしなかった。彼女に想い人を告げられたあと、わたしが突然「好きな人なんていない」と言ってしまったからだろうか。好きな人を打ち明けあおうという約束を破ったことを、裏切りのように感じただろうか。
今は、誰に恋をしているのだろうか。本当はあのときわたしも同じ人に恋をしていて、性懲りもなく今もまだ好きでいると知ったら、今度こそ裏切りだと罵ってもらえるのだろうか。
相槌も適当におつまみの軟骨のから揚げを口に放り込んでいたら、正面の同期が「あっ」と声を上げた。
「来たよ。なまえの後輩くん」
「えっ」
振り向いたのと同時に一紀くんは「どうも」とつっけんどんに言って、いつの間にか空いていたわたしの右隣に座った。
「そう言えば、まだ感想伝えてなかったなと思って、来た」
「感想って、なんの?」
「さっきの演奏。それ以外にある? ほら、あのあとすぐ、波に攫われる感じでここに来たから」
「ごめんね。先輩たち強引じゃない? お酒、むりやり飲まされたりとか」
「べつに。子供じゃないから嫌なことは自分で断れるし。それに、図々しいけど嫌な感じはしない人たちだし」
一紀くんの前には誰かが置いていったほとんど空のビールジョッキが鎮座していた。
彼の伏し目がちな視線が、誰かのビールジョッキとわたしのビールジョッキを交互に滑っているのに気付いて、ようやく自分の顔の火照りを自覚する。酔っていると思われるのが恥ずかしくて、強いて落ち着いた声を出した。
「で、どうだったかな」
「……うん。正直、予想以上によかった。勝手にハードル下げてたのがすごく申し訳なくなったくらい」
「え、ほんと?」
「だって普通、高校まであんなに繊細でキレイなドレス作ってた人が大学でいきなりロックバンド始めるなんて、それだけで予想外でしょ。まあ、よく考えればわかるはずだったんだけど。良くも悪くも、何にでも全力出しちゃうのが君だし、すぐにうまくなるなんて当たり前のことだった。僕が馬鹿だった」
「君はずっと、そういう人だった」と、掠れた声で彼は付け足した。読み終わった本の背表紙をそっと閉じるみたいな言い方だった。
わたしにはそれがなぜか切なくて、ぎゅっと拳を握りしめた。掌に食い込むほど爪は長くはない。一紀くんに近付きたくて軽音部の部室を訪ねた、春の日から。
一紀くんはそのあともわたしの隣に座ったまま、わたしや周りの部員との会話をそれなりに楽しんでいたけれど、私の胸の奥は沈んでいくばかりだった。
わたしの目の前にいる一紀くんはもう、どの一瞬を切り取ったって「ふつう」だ。
わたしは「もう顔も見たくない」と言われてもおかしくないことをしたのにだ。
その理由は他のなんでもなくて、一紀くんはわたしのことなんてもう何とも思っていないから。これに尽きる。
店の前でみんなと別れ、駅でさらに別れ、途中の駅でも別れ、この電車の中に残っている部員はわたしと一紀くんのふたりになった。わたしの頭の中にまだ酔いの残りくずがあるせいで、すべての声が音が、なんとなく夢の中にいるみたいに反響している。
となりに立っている一紀くんとわたしは同じリズムで揺さぶられていた。暗い街を切り取る四角い窓にも、わたしと一紀くんが並んで映っている。目の前の椅子はひとりぶんだけ空いていたけれど、わたしも一紀くんも座らなかったし、互いに向かって「座れば」と言わなかった。
「一紀くん、たしか降りるの次の次だよね」
「うん。でも今日は次の駅で降りる」
「あ……そう、なんだ。じゃあ一緒だね」
「途中のコンビニで、明日の朝食買いたいから。次の次のほうが家には近いけど、帰り道にコンビニないし」
「そっか」
「別に、君に合わせたわけじゃないから」
彼がわざわざそう言った意図を、わたしはよく理解しているつもりだ。拒絶でもなければ動揺を隠すためでもないその声色は、やっぱりひどく大人っぽく聞こえた。
目の前に切り取られた景色がゆるやかにスピードを失う。ひらいたドアからわたしと彼が降りたら、電車はなんの未練も残さずにすぐに行ってしまった。
「遅いし、近くまで送る」と一紀くんが言うのを聞いて、二度目の終わりがすぐそこまで近付いているとわかった。
高校生のころは、一紀くんとこんな夜遅くまで外で遊び歩くことなんてなかったから、なんだかいけないことをしているような気持ちになる。当たり前に人通りは少なく、街のいたるところから規則正しい呼吸音が聞こえそうなぐらい静かだった。
となりに彼がいることも、家の近くまでわたしを送ってくれる優しいところも変わらないのに、あのころとは何かが決定的に違っていた。
「なんか、変な感じ」わたしが思っているのと同じことを彼は呟いた。同意を求めるみたいに海色の視線が降りてくる。「昔みたいだ」と思ったけれど、間違えても零れないように唇を固く結んだ。
「……そうだね。なんか変な感じ。地に足がつかない感じ」
「それは君が酔ってるからじゃなくて?」
「もう、違うよ。そんなに酔ってない」
「なんだかんだけっこう飲まされてたでしょ。僕、酔っ払いの言うことは信じないから」
「もう。大丈夫なのに」
ふいと顔を背けた一紀くんの口元が愉快そうに弧を描く。懐かしく感じるのは、彼が風真くんたちによく見せていたような表情だからだ。
それに気付いたとたんに、このまま本当の意味での「友達」に戻れるような気がした。
このままあとすこしだけ歩いて家に着いたら、一紀くんへの気持ちを忘れよう。ひとり一年前の春に取り残されたままのわたしを、それまでに連れ戻そう。
「……じゃあ、ここで」
「うん。結局家のすぐ近くまで来てくれてありがとう」
月よりもいくらか白い街灯の下で、わたしと彼はゆっくりと立ち止まった。
うんと頷いたけれど、一紀くんはなかなか背を向けない。目線はわたしの顔よりも下で漂っていて、彼がなにを考えているのかわからない。固く結んだはずの心が緩みかけて、次の言葉を期待してしまう。
「ねえ、ひとつだけ聞きたいんだけど」
「……うん」
「僕には君のおかげで好きになったものとか場所がある。……それって、なまえ先輩にとっても、少しは同じだったって思ってもいいの」
まっすぐに向かってくる視線の奥がすこしだけ、ほんのすこしだけ熱を帯びている。今日突然の再会をしてからはじめて彼が「ふつう」じゃない瞬間だ。
視線から、目を逸らさせまいという意志を感じる。
そんな彼にはいま、期待に溺れそうなわたしのことなんてきっと見透かされている。未練がましく思い出の曲を弾いたことだって。
かっと体温が上昇して、今すぐに走って逃げ出したくなる。それなのに、喉元まで込み上げてきた思いを吐き出したくて吐き出したくて噎せ返りそうになる。
強いて抑えて「……同じだよ」と絞り出すようにそう言えば、彼はふっと空気を零した。
「……ふうん。じゃあ、よかった」
「あの、一紀く――」
「あと僕、軽音部には入らないから。そこは安心して」
「え?」
「そこまで君にメイワクかけたいとか思ってないから」
「迷惑って、なに」
わたしが必死な顔をして聞き返したせいで、一紀くんはすこしたじろいだ。
「言った通りの意味。……じゃあ、僕はここで」
このまま彼を見送ったら、もう二度と会えないような気がした。同じ大学に通っているのだから、きっとそんなはずはないのに。
「一紀くん、待って」気付けば、靄のようにすり抜けてしまいそうな彼のパーカーを掴んで、ここに縫い留めていた。
突拍子もない行動だと気付いたのは数秒のあと。わたしが目を丸くしたのは彼がそうしたのよりも後だ。さっきまでの覚悟はどこへ行ったのかと自分でも笑ってやりたくなる。
「……どうしたの」
「あの、ええと……よかったら、今度の日曜日、一緒にライブハウスに行かない!?」
一紀くんの瞳が、もっともっと丸くなる。
月よりもいくらか白い街灯がぱちりと瞬きをする。
ふたつ向こうの道を走る車の音はいささか遠い。ばくばくとうるさい心臓の音が聞こえてしまいそうで気が気じゃなかった。
◇
「ほんのちょっと遅れます」とメッセージが来たので、わたしは待ち合わせをしたカフェにひとりで入っていた。
スマホを触るのも落ち着かなくて、店内のいくつかの看板に順番に視線を巡らせる。秋を感じさせるパフェやケーキの無駄に長い商品名を暗記してしまいそうだ。
手に汗が滲んできたころ、背後から「先輩」と弾んだ声がした。
視界に飛び込んできたシフォン素材のワンピースが揺れる。色も形も、彼女にとてもよく似合っていた。
「せっかく誘ってくれたのに、待たせちゃってごめんなさい! で、どのパフェ頼みます?」
向かいのソファに腰掛けたら、挨拶もほどほどにメニューを広げる彼女の自由奔放な姿は、高校のころからなにも変わっていない。
オーダーをしたあと、彼女は絶え間なしに喋っていた口を止め、意味ありげににんまりと笑って見せた。
「なまえさん、なんか今日緊張してますよね。ひょっとして大事な話?」
「……うん」
手に滲む汗はきっと彼女には見透かされているだろうとわかっていた。
「……やっぱり。ちゃんと聞きますよ。でも、パフェが来てから!」
◇
駅の西口を出たら、目の前の広場にはすでに一紀くんの姿があった。中央の噴水のすぐ近くにわざわざ駅を背にして立っていた。
そのわけを、いつか同じ場所で待ち合わせたときに尋ねたことがある。「分かりやすいとこにいなきゃ君は迷子になりそうだし、かと言って真ん前で待ち構えてると早く来いって圧かけてるみたいでしょ」とクールに言い放たれたことを覚えていたから、すぐに見つけられた。
「一紀くん、お待たせ!」
「別に、今来たとこだから」
スマホをポケットにしまいながら彼がわたしを見てふっと笑ったから、わたしは慌てて乱れていた前髪を整えた。
「もしかして走ったの? 遅刻したわけでもないのに」
「一紀くんがもう来てるのが見えたから、つい……」
彼は不機嫌そうに目を伏せて「走らなくても逃げたりしないし」と拗ねるみたいに言って、歩き出してしまった。
身軽になって薄暗い箱の中に入った瞬間に、言葉にできない高揚感に包まれる。ビビッドカラーのポスターも、嗅いだことのなかったスモークの独特な香りも、最初は自分が場違いなようで怖かったけれど、今はただただ心を弾ませてくれる材料でしかない。
となりにいる一紀くんを見上げたら、ぎゅうぎゅうに期待の詰まった瞳でステージを見つめていた。わたしは彼の持つたくさんの表情のなかで、この瞬間の表情がいっとう好きだ。
「……何。じろじろ見ないで」
「ごめん」
一紀くんに窘められて目線をステージに移し替えたけれど、今度は彼の視線を頬に感じる。
「……今思い返せば君って、出会ったばっかりのころも急にライブハウスに誘ってきた」
彼の言葉で蘇る。はじめて会ったときの彼の印象が頭から離れなくて、どんな人か知りたくなって、春の日に突然思い立って彼に電話をかけたのだ。
「……そうだね。一紀くんが好きそうかなって思って、とっさに口から出てきたのがそれだったんだ」
「ほぼ初対面の人に人間性見透かされるのってすごく癪だけど、当たってたね」
あの日の彼は、どうして自分がここにいるのかわからない、そんな顔をして待ち合わせ場所に立っていた。最初に一緒に遊んだ場所なんて彼はとっくに忘れているだろうと思っていたから、胸の奥がじんわりと熱くなる。
まもなく開演であることを知らせるブザーが鳴る。「始まるね」と声をかけても一紀くんは返事をしない。「どうしたの」と顔を覗き込んではじめて、彼は改まったように口をひらいた。
「今日、僕をここに誘ったことに意味はある?」
「え?」
今この時間に意味はあるか。そう問われたような気がするけれど、同時に視界を覆った眩しい照明と鮮やかな歓声が、彼の声をかき消してしまった。
「一紀くん、なに?」
声のボリュームを張って聞き返してみたら、彼は「なんでもない」とくちびるだけで答えた。
ライブで思い切りはしゃいだあとの高揚感はなかなか消えてくれない。アルコールが入っているからなおさらだ。外に出たあとの街のひんやりとした風は頭を冷静にさせてくれるけれど、同時に現実を突きつけてくる。
楽しかった、すごく。幸せな時間だった。でも、どうすればいいんだっけ。頭のなかが散らかってパニックになる。
今日彼が来てくれたら言おうと決めていたことがあるはずなのに、口をひらいても喉がからからに乾くだけ。
「ちょっと疲れてる?」口数が減ったせいか、彼は立ち止まってわたしを見た。
「ううん。楽しくてはしゃぎすぎただけ」
「あ、そ。それはよかった」
「……一紀くんはどうだった?」
「……楽しかった。自分が嫌になるくらい」
楽しかったという言葉と裏腹に、どこか自虐的な物言いにどきりとする。
「……そっか。今日、来てくれてありがとう」
「なにそれ改まって。変なの」
「だって急に誘っちゃったし、それに……来てくれないかと――」
「……それは、暇だったから。なんとなく」
そう言って彼は目を伏せる。
「君だって『なんとなく』でしょ」
その声の温度はいつもより低く、突き放されたような感じがする。切り付けられたような痛みが胸に走るのと同時に、かっと熱いものも込み上げてきた。
「なんとなくなんかじゃないよ」
予想よりも数段強い声色に自分で驚いてしまう。でも、それどころじゃなかった。
一紀くんもわたしに合わせて歩みを止めたけれど、その表情は面食らっているみたいだ。
無理もないか、と思う。今まで彼にこんなふうにまっすぐに、はぐらかさずに自分の気持ちを告げたことなんて一度もないのだから。
「一紀くんに声かけたのも、一紀くんをデートに誘ったのも、なんとなくなんかじゃない」
「……あ、そ。じゃあ何なの。まだ僕のこと、都合のいい遊び相手だと思ってる?」
ひゅっと息を呑む。一紀くんの声がはじめて尖っていた。
「そんなんじゃないよ。そんなんじゃない……!」
「あのさ、いつまで僕のこと君の『そういうの』に付き合わせるつもり?」
悔しさが喉元まで込みあげて息が詰まりそうになる。けれど、吐き捨てられて当然の言葉だと思う。
泣いてはいけない。まるで自分が被害者だというような振る舞いはしたくないし、これ以上彼を困らせたくない。わかっているのに、生理的に瞼が熱を帯びる。
一紀くんは眉を寄せて、必死に怒りに耐えているように見える。わたしが泣く前から、十分に彼は困っていた。
わたしが言葉を探している途中で、彼は自分を落ち着かせるみたくため息をついた。
「……かっとなってごめん。やめよう。君、酔ってるし。家まで送る」
「大丈夫だから。そんなに酔ってない」
「なんで一緒にいたのにすぐバレる嘘つくわけ。僕にはけっこう飲んでたように見えたけど」
「……ほんとに、これくらいなら大丈夫なの。だけどいま、お酒の力借りてるのは事実だよ」
いつまで経っても情けない先輩だと幻滅されるかもしれない。
でも、今度こそ自分の気持ちに嘘はつきたくなかった。
わたしを再び歩かせようと差し出されていた一紀くんの手を、恐る恐る掴んだ。
彼が一瞬わずかに身じろいだのがわかったけれど、それでもわたしの手を振り払わない優しさに甘えてしまって、とうとう涙が溢れてしまった。
「一紀くんのこと、ずっと好きだった。高校のころからずっと……今でも好きなの。大好き」
想いを告げるというよりも、零れると言ったほうが正しかった。
ライブの前のMCは緊張してうまく話せないから大嫌いだけれど、それよりももっともっと難しい。
言いたいことが数えきれないほどあるのに、喉元で雁字搦めになってしまって、ぐちゃぐちゃの、むきだしのままの感情しか出てこない。
「っ好きだよ、一紀くん。ごめん。今更言ったってどうしようもないのはわかってるけど、卒業式のとき、答えられなかったのは私が弱かったから。自分の気持ちに嘘ついて、それでずっと後悔して……わたし、バカだから。ごめん、一紀くん。好きなの……ずっと、いちばん好き」
わたしの吐露を聞けば聞くほど、彼はますます眉を潜めてしまう。
「……君、自分が何言ってるかわかってるの」
そう訊ねる彼の声色は、凪いだ夜の海みたいに静かだ。
「……わかってるつもりだよ」
「あと、その『ごめん』ってどういう意味」
「あのとき嘘ついてごめんなさい。それと、今の今まで自分勝手なことばっかり言ってごめん。でも、止まらなくて……」
今更、もう一度わたしのことを見てほしいだとか、友達からやり直したいだとか、そんな図々しいことを言うつもりはない。
ただ自分が救われたかっただけの告白は、その目的をもう十二分に果たしている。
一紀くんは何度も俯いているわたしと反対、一秒たりとも視線を逸らさない。
「それで?」
「……それでって、どういう」
「それで終わりなわけ?」
「……え」
「言うだけ言って、僕の気持ちは無視?」
いまの彼の声はいたって冷静だった。
淀みのなかった瞳の青色が、あの日教会で見たときみたいにぐらぐらと揺らいだ。
「本当は、もう一生君の顔なんて見たくなんかなかったよ。なぜって、僕自身が辛いから」
「一紀くん、ごめん……」
「でもある日突然、昔と変わらない声で名前を呼ばれて、今にも泣き出しそうな顔で『じゃあね』って言われてさ……ちょっとは僕の気持ちも考えてよ。僕のこと振ったの、誰だか忘れたわけ?」
一字一句違わず、一紀くんの言うことが正しかった。
彼に返す誠実な言葉を見つけられないわたしは、俯いて唇をすり合わせる。
「挙句の果てに、君が僕との思い出を馬鹿みたいにまだ大事にしてるなんて知ったら、僕は――」
弱々しく震えた声は、つんと冷え始めた秋の夜の空気に溶けてしまいそうだ。
たしかに掴んでいたはずの彼の手はいつの間にかすり抜けていた。代わりに、わたしよりも一回り大きい手のひらがわたしの右手を外側から優しく包み込む。そのひんやりと冷たい指先を、わたしの五本の指ぜんぶが鮮明に思い出した。
「……もしかしたら僕は、まだ君のこと好きでいてもよかったのかもなんて、思ったんだ」
世界中でわたしだけに届けばいいや、そう言っているふうにも聞こえる、投げやりな声だった。けれど、魔法をかけられたみたいに視界はハレーションを起こす。
――この男の子のことが、いとおしい。
鋭いのに熱を帯びた視線も、なにかに縋るみたいにわたしの手の甲を撫でていく親指も、あのころと変わらない少年のような襟足も、この人のすべてがいとおしいと思った。
◇
『……あのね、実はわたしも、ずっと一紀くんのこと好きだった』
後輩を前にして、正直パフェなんていう「楽しむためにある食べ物」は、まともに喉を通らなかった。だから、食べるふりをしておぼつかない動きを繰り返していたパフェスプーンの先をグラスの底に沈めて、わたしはとうとう言い放った。
せわしなく働き続けていた彼女のスプーンはしばらくグラスの底のいちごをつついたあと、ゆっくりと動きを止める。彼女の丸い瞳がわたしをまっすぐに捉える。
『えっ……今、ですか?』
『え、ごめん。タイミング変だった、かな』
『ぷっ……いやそういうことじゃなくて。ほんとなまえさんって変わってる』
彼女は口を抑えて遠慮のない笑い声を散らした。
どういうこと、と目で訴えるけれど、彼女の笑いのボルテージはますます上がってしまう。
『今更そんなこと言うんですか、っていう意味です。先輩と好きな人の話してから、何年経ったと思ってるんですか』
ひとしきり笑ったあと、彼女は目じりに滲んだ涙を拭いながらそう言った。
『今更って……わたし、今までずっとこのこと言えなかった自分が嫌で――』
『気にしてたんですか!? そんなこと、とっくに気付いてたのに』
『え……っと……そうだった、の』
『はい、最初から。だからあたしが先に打ち明けたんです。知ってて言わなかったことだってたくさんあります。性格が悪いのは先輩じゃなくて、あたし』
ごめんなさい、と彼女は眉を下げてぎこちなく笑った。
『……ううん。謝るのはわたし。身を引いたつもりになって、心の中では今までずっと引きずって』
想像とちがう展開に茫然としながらわたしがそう言うと、彼女は静かに頷いた。
ストローを摘まんだ彼女の爪の先はきれいにゴールドのラメで縁取られている。
『じゃあお互い様ってことにさせてもらいます。……でも、先輩はあたしなんかより、氷室くんに謝ったほうがいいんじゃないですか』
『……うん』
『氷室くんはなまえさんのことが好きでした』
凛と引き締まった声で彼女が言うから、わたしは彼女から目を逸らせなくなった。彼女の言葉はそれ以上でもそれ以下でもなく、ただわたしと彼女のあいだに響いた。
『――今はどうか知りませんよ』といたずらっぽく付け足して、彼女は表情を綻ばせる。『ほら性格悪いでしょ』と自分を指さした彼女のことを、わたしは今も昔も大好きだ。
◇
一紀くんはわたしの半歩前を進んでいる。交わす言葉はすくなく、まだ絡んだままの右手から伝わる別の体温を余計に意識してしまう。
繁華街の中央、スクランブル交差点を突っ切るわたしたちだけが世の中から切り取られてしまったみたいに思えた。
「一紀くん、もうすぐ、駅」
人混みに埋もれないように声のトーンを上げたけれど、一紀くんの足は止まらなかった。
彼と一緒に歩いているとき、歩幅の差で自然と開いてしまう距離に小走りで追い付いたことが数えきれないくらいあった。
今は違う。距離が開くたびにぴんと繋いだ手が張って、彼の視線を一瞬だけわたしのほうへ戻してくれる。
「一紀くん。駅、通り過ぎちゃう」
やっと人混みを抜けたころには息切れしかけていた。
ぐいっと腕を引き戻したら、彼はやっとのことで体ごとこちらを振り返ってくれた。
「……あ、ごめん。いろいろ考えてたらここまで来ちゃってた。なまえ先輩、ここからも帰れるんだっけ」
「うん。ひとつ先の路線からも帰れるけど、こっちのほうが近い」
「ふうん……そんなに早く帰りたいんだ?」
じっとりと拗ねたような目で見られて、どぎまぎしてしまう。
早く帰りたい、わけがない。数年越しの想いがやっと通じたその直後に、離れたいと思うわけがない。心臓はまだとくとくと脈打っているのに。
「そんなこと思うわけないよ」と首を横に振ったら、わたしの手を包む一紀くんの手に、きゅっと力が籠る。
「……じゃあ、電車乗らないで、このまま僕ん家来たら?」
大胆な言葉に、わたしは言葉を詰まらせる。彼が軽い冗談で言ったのではないことはその表情から読み取れた。
横断歩道の向こうの大きなサイネージが明滅して、彼の頬を白く照らした。ほんのりと赤く色付いている。
彼と再会したときは、わたしだけ取り残されて、彼はもっと大人びて見えた。けれど、なんだ。一紀くんもわたしと同じなんだ。彼もわたしと同じで、なけなしの余裕を不器用にまとっている。
わたしが微笑んだこととその理由を一紀くんは察したようで、納得いかないという様子で唇を尖らせる。
「それで……ほら僕、酔っぱらいの話は信じないって決めてるから」
「うん?」
「だから、できれば明日の朝目が覚めたら、もう一回さっきと同じこと僕に言ってくれると助かるんだけど」
「さっきと同じことって?」
「……君が僕をすごく好きだって話」
繁華街の夜は長い。色とりどりのネオンのおかげで、仕返しには十分すぎる素直じゃない物言いの奥、彼がやわらかに笑うのが見える。
わたしと彼は、いま同じ夜のなかで恋をしている。