カレッジのときと同じように、デュースとグリムを加えた四人で監督生の誕生日を過ごすことは、卒業して四年目の年にとうとうかなわなくなった。
いつもはテレビに見入ってオレの話にも生返事をよこすくせに、一年に一度の誕生日にかぎっては、監督生はあれこれとよくしゃべるのだった。
「なんかお前、今日はよくしゃべるじゃん。ひょっとして寂しーの? 今年はオレだけだから」
フォークで一口を切り分けているうちに、チョコレートケーキは重心を失ってずしりと皿に倒れる。もう場所も名前も完全に記憶した、監督生のお気に入りのケーキ屋で買ってきたそれは、オレには甘すぎた。
監督生はゆったりとフォークの先を静止して、
「みんな頑張ってる証拠だし、寂しくないよ」
と笑ってみせたけれど、オレは監督生から目を離すことができなかった。皿のうえの茶色いかたまりみたいに倒れるどころか、粉々になって、風にさらわれてしまいそうに見える。
どうしたの、と問う声は弱々しく、唇のうえだけを彷徨って。やがて監督生が静かに零した涙の粒を見てしまえば、まるでなにかに許されたかのような気がして、気が付けば監督生のことを腕のなかに閉じ込めていた。
「……寂しくないわけ、ないよ」
――震える声でそう零す監督生とはじめて出会ったのも、ちょうどこの時期だった。
きっと毎年この日になるたびに、思い出していたのだろう。本当なら自分が生きるはずだったもうひとつの世界のことも、一緒に生きていくはずだった家族や友達のことも。
卒業式の日に、「もう帰ることは諦めたんだ」、とまっすぐな瞳で言い放たれた言葉を、どうしてバカみたいに信じていたのかわからない。
「……寂しくないわけないよな」
丸い頭を手のひらで包むようにしてそう言うと、くぐもった嗚咽が聞こえた。肩の下が冷たい。押し付けられた監督生の頬が濡れていることの証拠だった。
「けどお前、ひとりで生きていかなきゃなんないとかそーゆーこと、もう考えんのやめなよ」
返事がないかわりに、パーカーの背中の部分が、ぎゅうと握りしめられるのがわかった。
「オレ、なにがあってもお前の誕生日は毎年祝ってやる。あと、デカい虫出たらさ、仕方ないからいつでも駆け付けてやってもいーよ。ほら、去年飛行免許取ったしさ。……ペーパーだけど」
指の間で、細い髪をやわく掴む。それは指に絡むひまもなく、するりとすり抜けて落ちていった。
「……オレ、ずっとなまえと一緒にいるよ。いくらでも使っていーよ。こんななんでもない時間でよければだけど」
人生で一度言うかどうかも分からない甘ったるいせりふを、テレビのなかの乾いた笑い声に混じって吐き出した。
たとえば監督生が一人暮らしを始めた家にデカい虫が出たとき、あいつが一番先に助けを求めた先はオレだったし、なんなら、毎年の監督生の誕生日に、傍にいるのもオレだった。
それが監督生にとって当たり前で、いつか帰る場所にもなればいいと思う。
しばらくの嗚咽を黙って聞いていたら、ようやく顔を上げた監督生の赤いまなじり。祈りにも近い身勝手な願いを消し去りたくて、そっと親指でなぞれば、まだあたたかい涙で濡れた。