「轟くん、おはよう。ごはん一緒に食べよ!」
「みょうじ、おはよう。いいぞ」

 日曜の朝はみんな起きる時間がまちまちだけれど、生活リズムが似ているのか、私が食堂に降りた時間には、けっこうな確率で彼が食卓についていた。轟くんとはもともと、めったに雑談も交わさない仲だったけれど、朝食の間だけぽつりぽつりと他愛ない会話を交わすうち、私は彼に、勝手に親近感を深めていた。

「いただきます」

 ちょうど箸を持ったところだった彼も、声を合わせてくれる。
 やわらかに湯気がのぼり立つ碗に箸をつけて、香ばしい味噌の香りを吸い込む。日曜でも、ランチラッシュのおいしいお惣菜の作り置きが食べられるのはありがたい。つやつやの白いご飯と味噌汁、焼き魚と小鉢を乗せた私のトレイと、轟くんのトレイのうえは、ほとんど同じ顔触れだった。

「はあ〜。味噌汁、超あったまる」
「最近冷え込んできたからな」
「轟くんも、風邪引いちゃだめだよ。まあ、体温調節は誰よりじょうずだと思うけど」

 そう軽口を叩けば、ふっと轟くんが口角を緩めた。私は、笑っていないようで笑っている、その顔が気に入っている。気に入っている、と言うと上から目線でいやな感じではあるが、その表情を見るためにわざと軽口を叩いている程度には好きだ。

「みょうじこそちゃんと着込んで寝ろよ。お前、寮でもいつも薄着だよな」
「だって暖房きついんだもん」
「たしかに暖房はきつい」

 彼に笑みを返す。咀嚼をしているあいだ、箸の先が器用に焼き魚の鈍色の背を開いていく。轟くんは魚を食べるのがすごくうまかった。見ていてこっちまで清々しい気持ちになるような箸さばきは、誰かに自慢したくなるほどだった。それを本人に言えば「そうか? いつも箸使ってるしな」と流されてしまったし、芦戸さんに言えば「そうなんだぁ、よく見てるねえ」と含みのある声で言われただけで、共感は得られなかったけれど。
 それぞれの食器の中身を食べ進めていくうち、スリッパの下の裸足の足先が、ひんやりと冷えをたくわえていく。轟くんの言うとおり、体を冷やさないようにちゃんと靴下を履いておくべきだった。つま先をもじもじをすり合わせて温めながら熱いお茶を啜って、私はお決まりの質問を放った。

「轟くんは今日、何して過ごすの?」
「今からちょっと走るつもりだ。午後の予定はなんもねえ」

 いつもと同じトーンで粒がれる、いつもと同じ回答だった。私は「私もおんなじ感じだ」と間抜けた声で返事をした。聞いておいたくせに大したリアクションも取れないのは我ながらどうかと思うのに、轟くんはそれをいちいち咎めたりしない。ほとんど一方的に話す私に、呆れずに返事をしてくれる。彼の持つ、そんな緩慢な空気のことも、私は気に入っている。
 温くなりかけた味噌汁の、最後の一口を嚥下する。赤い漆塗りのお椀をトレイに戻すと、ひらけた視界の向こうから、轟くんがじいとこちらに視線を向けていた。

「……どうしたの?」
「みょうじもヒマしてんのか。今日の午後」
「え? うん。……堂々とヒマだって言うのもダサいけど」
「じゃあ午後の時間は、俺が借りてもいいか」
「借りる?」

 思わず聞き返してしまった私につられて、轟くんの表情もきょとんと気が抜けたようになる。沈黙を埋めるように、ほとんど消えかけたうすい湯気が、私と轟くんの間を揺蕩った。
 轟くんはなにかの言葉を取り出すように視線をすいと斜め上に逃がしてしまう。そして、すぐに私のほうへ戻して、言った。

「……もっとお前と話したりしてえ。みょうじ、飯食うの早いから、この時間だけじゃ足りねえんだ。だとしたら、休日しかねえだろ。なんかデートみてえだって思ったら、言いづらかったんだが」

 表情は変わらなかったけれど、自分の手元へ落ちていく視線に、緊張とか自信のなさが滲んでいる気がした。轟くんのこんな表情を見るのははじめてで、動揺と驚きが混じり合って、せき込みそうになる。
 やがて意を決して「……もしかして、デートのお誘いってこと?」と問えば、轟くんは色のちがう両の目をすこし見開いた。

「いいのか? デートで」

 どこか嬉々とした声に、今度は吹き出してしまいそうになる。
 いいよ、と答えたそのときに、彼のさんま皿のうえに残されたたった一切れに気付く。まるでなにかを引き伸ばすための、子どものような意図だ。愛おしさを引きずり出されて、まだ八時半をさす時計が、はやく十二まで進めばいいのにと思った。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -