タルトがいつもより二種類ほど多く出されたときのお茶会は、いつもよりすこし盛り上がった。エースとデュースは取り分を巡って言い合いをして、その様子を口元の緩んだケイト先輩がカメラにおさめる。きっとお酒が飲めるようになって飲み会をしたら、ほろ酔いでこんな感じになるんだろうな、というテンションだった。
 それなのにトレイ先輩はいつもと変わらない声色で、いつもと変わらない「やれやれ」という笑顔。難しいことは考えずに脱力して、すっと一本線をひいたようなテンションの人だ。皮肉なんかじゃなく素直に感心しながら、ぼうっと涼しいその表情を見ていると、

「どうかしたのか? 監督生」

と首を傾げられてしまった。リドル先輩のカップに紅茶を注いでいたトレイ先輩はどうやら前々から私の視線に気付いていたみたいだった。不躾な視線をやれやれと拾い上げてもらったようなものだと気付いて、ちょっと申し訳なくなってしまう。

「ガン見してごめんなさい。大したことは考えてなかったんですが」
「それは俺のことか?」
「……はい、すみません」
「なんだよ。悪口じゃないといいけど」

 笑いながら皮肉っぽくそう言うトレイ先輩に「いつも変わらないですね」と言う。すぐに気付く。言葉がすこし足りなかった。「……ええと?」とやわらかい表情のまま困惑するトレイ先輩へ言葉を付け足す前に、会話に割り入ってきたのはケイト先輩だった。

「監督生ちゃん、オレも超〜わかる。トレイくんっていつもこうだもんね。熱くなるトコとかダウナーなトコとか、たまには見てみたいよね。どんな顔するんだろってキョーミ? みたいな」
「おお……私が言いたかったこと、全部ケイト先輩が言ってくれました……」
「でしょでしょ? けーくん気になっちゃう。例えば好きな子ができたとしたらそのままなワケないでしょ? トレイくんってさ、好きな子できたらどうなるタイプ〜?」

 トレイ先輩は低く唸りながら腕組みをすると、しばらくの間のあと照れる素振りもなく答えた。

「そうだな……俺は分かりやすくアピールしたりなんかは苦手かもな……。でもきっと、そいつのことずっと目で追っちゃうだろうな」

 女の人を口説くなんて朝飯前にやってのけそうなイメージに反して、意外だった。へえ、と目を見開く私を見て、トレイ先輩は「なんだよ」と困ったように笑う。





 タルトがいつもより三種類ほど多く出されたある日のお茶会は、いつもよりかなり盛り上がった。エースとデュースは取り分を巡って言い合いをして、その様子を口元の緩んだケイト先輩がカメラにおさめる。
 いつも招待してもらってばかりでは悪いとサーブを手伝うのを申し出た私は、こっちにマロンタルトを、こっちに洋梨のタルトを、とあちこちから上がる声に応えてテーブルの間を縫うように歩き回っていた。

「監督生、大丈夫か?」

 私よりもはるかにスマートな動作でタルトをサーブして回っていたトレイ先輩は、すれ違いざまに私に心配そうな表情を向けてくれる。

「大丈夫です。まだトレイ先輩みたいにスマートにはできないですけど」
「そうじゃなくて、ずっと歩き回ってばかりだろ。お茶も飲んでないみたいだし、何も一人でサーブに徹底することはないんだから、いい具合に切り上げろよ?」
「でも、いつも無料でおいしいケーキやお茶をご馳走になっているので……」

 間違いなくこの会場でもっとも働いている先輩にそんな気遣いをされてしまえば、申し訳なさに飲み込まれてしまう。
 けれどトレイ先輩は理知的な見た目に反して、きわめて気さくそうな笑い声を上げた。

「たしかにそうだよな。お前はほんとにいつも美味しそうに食べてくれるから、俺は感謝してるんだぞ。特にマロンタルトと洋梨のときは……とりわけ目が輝く。そのせいで今日はちょっと作りすぎたけど」
「う……トレイ先輩のタルトはぜんぶおいしいですけど、好きな種類までバレていたなんて」
「はは、ごめん。なまえのことは自然と目で追っちゃうんだ。気付けばずっとな」

 これなんでだろうな、とトレイ先輩は目をくしゃりと細めて笑った。
 つい数週間前に聞いたようなセリフに、え? と掠れた声で聞き返すけれど、トレイ先輩はちょうど聞こえたリドル寮長の呼びかけに「どうした?」と返事をして、行ってしまった。
 トレイ先輩が私の横を通り過ぎる瞬間、甘やかな香りがふんわりと鼻先をかすめた。
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