「名殿」
「…幸村様」
「また空を眺めているのでござるか」
身体に障ると何度も申しておるのに。そう言うと細められる瞳に、それ以上何も言えなくなる。正直彼女のこういう表情は、きらいだ。
「今度の戦は、また大きなものになるのだそうですね」
「…そうでござるな」
「その様な覇気の無さでは、負けてしまいますよ」
「某はっ…必ずや勝つ!」
負けという言葉に思わず必死に言い返した俺を見て、彼女は冗談でございます、と口元に手をあてくすりと笑みを零した。袖から覗いた細い手首に巻かれた深緑の紐が目につく。無意識のうちにその手首を掴まえていた。
「これは、」
「愛する人から頂いたものです」
自分はこんなもの贈った覚えはない。そうすると思い当たるは一人しかいない。
彼女をこの部屋に閉じこめたのは、余計なものに現を抜かさぬように、誰にも会えないようにだというのに。やはり優秀な忍とあれば隠し部屋も容易く見つけてしまうのか。怒りに任せて紐を引き契り、そのまま彼女を床に押し付けた。
「そなたは、誰にも渡さぬ…!」
「……」
「頼むから、某を見てくれ」
懇願するように発した言葉たちは、彼女の唇に吸い込まれていった。
心実、此処に在らず
「幸村様は私を囲っておられます、何を心配することがございましょう?」
綺麗な瞳を細めて微笑んだ彼女に、何も言えなくなる。この顔が嫌いだ。この表情の裏に隠された真実に気付いてしまったのは何時からだろうか。余裕が見える彼女に成す術もなく、押し付けたままの肩口に噛み付くことしかできなかった。
by eight.