指先で紅い線をなぞる。ぴくりと跳ねた肩に気を良くして、そっと唇を寄せてみた。仄かに香る鉄が喉に不快感を残す。既に固まってしまった紅色が濡れて妖しく光った。


「…何してんだ」

「傷付いた体を癒してあげようと思って」

「馬鹿言ってんじゃねぇ、早くしろ」


不機嫌そうに呟いた彼は先程から左腹に手をやったままで。背中を向けているから表情こそ伺えないが、それは痛みに耐えるよう歪んでいるのだろうか。誇り高い彼の顔を見てしまわないように、そっとお腹に腕を回した。雨の中帰ってきた彼の体は冷たい。


「今日は絶対安静でね」

「ha,こんなの怪我って言わねぇよ」

「じゃあこの手は何かしら」


押さえつけることで痛みを誤魔化していた左手に自らのそれをそっと添える。また僅かに跳ねる肩に思わず微笑が零れた。彼はこんなに分かりやすい人だっただろうか。いつも自信に満ち溢れている彼が。

思えばこんなにもたくさん傷を負わされて帰ってくる彼も珍しい。背中の刀傷にゆっくり薬を塗りながら、どうやら感情的になりすぎたであろう戦場での彼が目に浮かぶようだった。彼の背中を守るべき男は今、階下の部屋で伏せっている。


「見失ってはだめよ」

「……」

「貴方は、一国の主であるんだから」


私利私欲の為に感情的になることは立場上、許されないこと。たとえそれが彼の大事な人であっても。そんな当たり前のことさえ見失ってしまうほど、彼の心に刻まれた傷は深い。


「…大丈夫だ」

「……」

「Thank you.な」



後悔、雑念



腰まで落ちた着流しを肩まで引き上げ、振り向き様にわしわしと頭を撫でられた。そのまま部屋を出ていった彼の顔は、結局最後まで見られないまま。



by eight.





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