指先から離れた包帯がゆるゆると解けていく様を視線だけで追いながら、瞼を伏せてため息を吐いた。

その意図に気付いたのだろう目の前の、否、私に覆いかぶさるかたちの男が不機嫌そうに眉根を寄せる。


「…怪我に触ります」

「どうにも、気が立っていけねぇ」


今のこの人に会話を求めることが浅はかだったのだろう。
右腕に負った一直線の刀傷は、主君を庇った為に切りつけられた言わば名誉の負傷だと、そう彼は苦々しい表情で言っていた。


「…うんと沁みるお薬でも塗りこんで差し上げましょうか」

「もういいだろう、…口開いて舌出せ」


本当に、なんて仕方のない人でしょう。
戦の昂ぶりをそのままに、素直に軍医の治療を受けて大人しくしてくれればよかったものを。
負った傷までそのままに、どうして私のところへ来てしまったのでしょうね。


「…今日はお帰りになって」

「いい加減にしろよ。無理に暴くこともできるんだ。…乱暴にゃしたくねぇ」


彼の右手が私の帯を乱暴に解く。
その腕からはつうと血が零れているのに。


「包帯を」

「今はテメェの心配した方がいい」

「でも、血が」

「あぁ……、そうだな、気になるんなら、舐めりゃいい」


「何をばかなこと」、と続けたかったはずの唇が彼の唇で塞がれて、息つく間も与えられずにただ飲み込みきれない唾液だけが私の頬を汚す。

離れた唇にはあと息を吐いたら、彼はその右腕を私の唇に押し付けた。


「んっ…!」


くぐもった声に、鉄の味が口内いっぱいに広がる。


「…どうだ。うめぇか?」


そんなわけないじゃない、そう反論してやりたいのに左手でしっかりと固定された頭のせいで、血の味から逃れることも叶わない。


「そういや…名に月のモンが来てる時も、血の味がしたか」

「っなにを、!」


あまりの台詞に思わず彼の傷口に歯を立ててしまった。
一瞬だけ表情を歪めた彼が、今度はさも可笑しそうにニヤリと口角をあげる。


「このまま俺の腕を舐め続けるのと、多少優しく犯されるのと、どっちか選ばせてやるよ」

「…どっちも嫌よ」

「それ以外だと、乱暴なのしか残ってねぇ」


下肢に押し付けられる彼の下半身はその感覚だけでもわかるほどいきり立ち、そしてにわかに湿っている。


「ねぇ、…おねがい。包帯だけでも」


それならば。
彼に教え込まれた「おねだり」の仕方そのままに嘆願してみせる。
縋るように彼の顔に添えた私の手のひらを横目にじろりと睨みつけた彼。
すっかり解かれた帯をぽいと畳のあちらに放り投げ、彼も息を吐く。


「…仕方ねぇ」


居住まいを正す彼を見上げながら、私も身体を起こして解けた包帯を手繰り寄せる。
着崩れた着物を気にしていたら、恐らくその間に彼の気が変わってしまう。
そう危惧して、襟元を正すだけにして、手繰り寄せた包帯を彼の腕に巻きつけた。


「…あまり怪我をしないでくださいと、何度言えばわかっていただけるの」

「あんま可愛いこと言ってっと、犯すぞ」

「既にそのつもりでしょうに」


巻きつけた包帯の端と端を丁寧に結んで、その腕を彼の膝に収める。

細められた眼差しに瞼を伏せて、身体を彼の胸板に預ければ、頭上で彼がくつりと笑った。





緋色の誘惑





「…あまり酷くしないで」

「善処する」


どちらからともなく重なった唇に、甘露を奪い合うような激しさを含ませて震えるその喉。

本当に仕方のない人ね。…甘えさせてあげるフリをして、うんと甘えてやろうかしら。




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by six.



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