「独眼竜……」
私は私の上に乗っているその男の二つ名を呟いてみました。
裏山の藪に男が倒れていたのです。
二年前戦に出たきり戻らない兄の姿と見紛い、駆け寄ったは良いがそれは兄ではなく隣の国の殿方で。
殿方といってもただの男ではなく、本物のお殿様で。
私はそれはもう驚いたけれど放っておくわけにもいかず、それを荷車に乗せ連れて帰ったのです。
目を覚ました国主さまはなんだか大層な性格をしていましたが、私はどうにも情にほだされやすいところがあるようで、その日からこうしてお世話をしている訳であります。
そんなある日殿方に問われました。
「手厚い看病にゃ礼を言うが、俺はそんなにアンタの兄貴に似てるのかい?」
「確かに、助けた時は兄様を重ねていましたが。目を覚まされた今ではちっとも」
兄様は穏やかで優しく、それは素敵なお人でした。
そう告げれば、どーいう意味だいそりゃと彼は不満気な、しかしどこか安心したような表情を浮かべました。
「驚いた、もう傷が塞がってますね」
布団に胡座をかく彼の包帯をするすると解けば、現れる複雑に隆起した男の身体は兄様のそれとさして変わらないのに。
こうも違って見えるのは何故だろう。
手当てのためとはいえなんとなく直視できず、目を泳がせながら立て膝のまま身を寄せました。
「ちょっと失礼しますね」
「…Sorry.」
「え?」
彼がたまに漏らす、聞き慣れぬ言葉を聞き返そうと顔を上げたときにはもう。わっと覆い被さられていて、私は巻きかけの包帯がくるくるとほぐれていく様を目の端にとめながら、聞き及ぶ彼の二つ名を呟いてみたのです。
「独眼竜……」
彼の左目はどうにも寂し気でいけない。
「存外、優しい体をしているんですね。聞いた噂では身の丈八尺ほどの無頼漢だと」
「噂なんざアテにならねーよ」
「はぁ、」
私の髪を撫でながら目を細める彼は確かに、竜というより狼です。
恩を仇で返すつもりはねぇ。
嫌なら拒め。
そう耳元で言う彼を突き飛ばせない私は、情に脆いというより単に流されやすいのだろうなと思いました。
ある村の記録
青い竜。
獣の目。
傷の治りは早く、食欲旺盛。
扱いには注意が必要。
不用意に近付くべからず。
by seven.