そよぐ風が気持ちいい。古い大木の枝の根元に座って、見下ろす世界を視界に捉えながら大きく息を吐いた。
下から近づいてくる気配に一瞬身体を固くしたけど、その気配が馴染みのものだとわかってまた息を吐く。


「…やっぱりここにいた」

「名ちゃん…何の用ー?俺様久々のお休みなんだけどー」

「急ぎの仕事」

「マジで?!」

「うそ」


俺が座る枝より低い位置の枝からこちらを見上げる名ちゃんにほんの少しだけ優越感。
上から見下ろす名ちゃんは、小さくて細くて薄い。首筋から肩にかけての線は白くて儚げだ。


「…そういえば、何で来たの?」

「特に理由はないのよ。長が休みに何をしているか気になっただけ」

「ふぅん、よくここにいるってわかったね」

「あぁ、…バカとなんとかは高いところが好きらしいから」

「…伏せるとこ逆だよね」


って言うか上司に向かってバカって。名ちゃんの表情を伺えば、普段通りのしれっとした顔。


「…っていうのは冗談で」

「んー?」

「恋する女の勘ですね」

「へー…、え?恋?」


名ちゃんの表情は全く変わらない。
それに比べて俺の表情と言えば、自分でもわかるくらい呆けている。
普段全く異性に興味のない雰囲気を纏っている名ちゃんがまさか。


「……マジで?」

「うそ」


………なんなのこの子。


「…俺様、お休みなんだよ」

「知ってるわ。私もお休みです」

「そうだっけ?…俺が休みなんだから休んでられないんじゃない?」

「使い物にならなくて」


しれっとした表情で口を開く名ちゃん。…使い物にならなくて、ってことはつまり「お前今日使えないから休んでろ」、ということで。


「…ダメじゃん」

「ダメね」

「なんかあったの?」

「そうね、…強いて言うなら」

「言うなら?」

「…長が、いなかったから」


…………。


「それも、ウソ?」

「…さあ、どっちでしょうね」


そんなセリフを置いてザザッと音を立て名ちゃんは木を降りた。
どっからどこまでは本気でウソなのかよくわからない子だけど、とりあえずその耳が少し赤いことに安堵する。


「もう行っちゃうのー?」


張り上げた声で根元からこっちを見上げる名ちゃんに声を掛ける。
名ちゃんは少しだけ考える素振りを見せて、笑った。


「私、バカだと思われたくないんで!」


…かわいくないの。





正しい一日





まぁでもアレだ。

こんな休日でも、いいかもしんないな。

次のお休みには誘ってあげよう、柄にもなくそんなことを考えながら目を閉じた。

下から聞こえた「バカ」は聞かなかったことにしてあげよう。



by six.



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