まだ先の長い煙草を灰皿に押し付ける。いくつもの煙草が潰れて灰まみれになっているが、それを横目に睨んでも時計の針は戻らない。
籠城を決め込んで満タンのコーヒーポットとお気に入りのマグカップを持ち込んだ部屋の中、コーヒーはもうすっかり冷えて、吸いすぎた煙草の煙で室内の空気は淀んでいる。
さっきまでドアをノックしていた、明らかに不機嫌を滲ませていたその甲高い音はすっかりナリを潜めて静かだ。
「なんなの」
灰皿の中を見ないふりして、再び新しい煙草をくわえて火をつける。馴染んだ煙を吐き出しながら、灰皿の中で潰れて折れている煙草の数を数えてみた。
半分も吸っていない煙草が無惨にも折れている様は、きっと彼が見たら辟易したような顔でため息をついて叱責するんだろう。それでなくとも彼はあたしが喫煙することを良しとしていない。
「…8本、」
意味なく数えてみた声は簡単に室内に溶けてしまう。
時計を見上げても、それはカチコチと規則正しく時間を刻むだけで、あたしが思う通りの時刻に巻き戻るわけがない。
部屋のドアをノックしていた指先だとか、渡す相手のいなくなったクリスマスプレゼントだとか、叩きつけられた携帯電話だとか、それは全て決して巻き戻らない時間軸のどこか遠くに置き去りになっているのだ。
「いつも、あたしばっかり」
手元に残る包装されたプレゼントの中身なんかもういっそ忘れてしまいたい。それくらい腹が立つのは、たぶんあたしがそれくらい彼を好きだという証明なんだろう。
プレゼントを渡す相手はバイト先の先輩だった。誕生日だって言ってたし、あたしもプレゼントもらったから。
デスクの上に鎮座するアクセサリーラックをちら、と見たら、そこには先輩からもらったネックレスが輝いている。
付き合ってる訳じゃない。現にあたしには今彼氏がいる。それもこの家の中に。
その彼氏に「プレゼントなんかやるな」とたしなめられて、あたしは急激に冷めていくのを感じた。
好きなのに、違う。
「…いつも、あたしだけ」
口から零れ出た自分の言葉の意味を考えてみる。彼が学校の女の子と食事するのも、約束を突然反故にするのも、あたしは「イヤだ」なんて言わなかった。
聞き分けが良すぎた?
時計の針が戻ったら、あたしは彼に見つからないように部屋を出るのに。プレゼントを抱えて。
それくらいには大切な先輩なのだ。相談に乗ってくれたり背中を押してくれたりミスを慰めてくれたり。
恋に発展しても良さそうなのに、それが恋にならなかったのはひとえにあたしが彼を好きだから。
「…まさか、こんなに信用されてないとはね」
吸わないまま灰ばかりが長くなっていくタバコが、バランスを崩して灰皿の縁、ゆらゆらとこちら側へ傾く。
他の何を捨てても貴方の側に居たいだなんて、そんな風に思えるほど子供にも大人にもなれない。
タバコを灰皿に戻して立ち上がる。コートを着て、プレゼントの入った紙袋を乱暴に掴んだ。
解れ、結い、
「…オイ、名」
「止めるの?止めたらあたし、もう帰ってこないよ」
「…なぁ、好きなんだよ、俺にはお前しかいないんだ」
「いつもあたしに甘えてばっかだね、政宗は。あたしだって甘えたいの。対等じゃなきゃ意味がない」
「頼むから、他の男になんかプレゼントやらないでくれ」
「……さようなら」
閉じた扉に背中を預けて深呼吸。
どうしたら、彼を受け止めて受け入れて、そして愛してあげられるんだろうか。
by six.