「どうしたの?」
「んー?」
「泣きそうよ」
上手くいかない。人を殺す方がよっぽど楽だ。なんで俺ってばこんなとこにいるんだろ。一息にそう告げたら、彼女は俺の頬をその白い右手で包んだ。無表情。
「悔しいの?」
「わかんない」
「貴方がそんなだから、なつかれないのよ」
ふうとため息を吐く彼女の表情を伺う。彼女はやっぱり無表情。幼い幼い、俺たちの主。さっさと大人になってくれないかな。せめて元服してくれたら、そしたらもう少し変わるだろうに。
「まあでも確かに、子守よねえ」
「…そうだね」
「バカみたい」
彼女は俺を慰めるために言ってくれたのに、意外と他人に言われると何かモヤモヤするんだなぁ、口には出さなかったけどそんなことを考えていたら、彼女は至極面倒くさそうに腕を組んで嘆息して見せる。
「…何が」
「自分でも思ってるくせに、他人に言われると腹が立つんでしょう?」
「………」
あぁ成る程。つまり今の「バカみたい」はそこに掛かるわけか。
言われた言葉を反芻する。
自分では散々「子守は嫌だ」「上手くいかない」と愚痴ってるくせに、他の人に言われると嫌なんだ。
「…自分勝手だよね」
「そうじゃなくて」
「なに?」
「例えば他人に自分の家族の悪口を言われると腹がたつような…自分で言うのはいいのに、他人に言われたくないって、そんな風に感じる感覚」
「……つまり?」
俺より年上の彼女は、さすがと言うべきかやはり年を重ねているだけある。
俺も、言われた台詞を素直に受け止めて受け入れられるくらいには大人のつもりだから、素直にその言葉の持つ意味を反芻する。
「…なんだよ、もう」
「ん?」
「…的確すぎる」
…年上の部下ってのも考えものかもしれない。今は俺が彼女の部下だから素直になれるけど、俺がいつか年上の忍を部下にした時、相手は果たしてこんな風に素直になってくれるだろうか。
「悲しいかな、貴方はもうあの子を懐に入れているのに、あの子にはそれが伝わっていない、」
「…名さんは、なつかれてるよね」
「人徳かしらね」
無表情から一転して満面の笑顔を浮かべた彼女が、俺の頭を撫でてくれる。
「貴方、あの子の前だと仏頂面なのよ」
「…どんな顔すりゃいいの」
扱いあぐねて思案顔、なんて自分でもよくわかっている。
彼女に撫でられた頭が温かい。
「笑って頭でも撫でてあげれば良いじゃない。こんな風に」
「忍なのに」
「…覚えておきなさい。ここでは、忍は道具として扱われないわ」
彼女の笑顔は優しい。そして手のひらは温かい。忍は人間じゃないと学んできたのに、今更じゃないか。
「名さんの手はあったかいね」
「貴方も、すぐに取り戻せるわ」
離れた手を目線だけで追いかけたら、「そんな淋しそうな顔しないでよ」と困ったように笑う。
彼女はひたすらに人間らしい。
「……俺が手を差し伸べたら、取ってくれるかな」
「喜ぶわ、きっと」
向けられた細い背中と後ろ手に振られる手が眩しい。
屋根の下から聞こえる幼い声にも、今なら優しくできそうだ。
生き返る
「………と、まぁ昔そんなことがあったんですよ」
「確かに、昔は佐助も怖かったからな」
「そんなわけで帰っていい?」
「ならん!先に団子を買ってこい!」
「団子なんか買ってる間にやや子が産まれたらどうしてくれんのさ!」
「名殿ならば佐助が居らずとも元気な子を産むであろう」
「………」
今の俺を見たら、あの頃の俺は何て言うかな。
こんな人並みの幸せを噛み締めて、生きてる"人間"の俺様を。
by six.