「ここで何してる」


眠れなかった。朝から晩まで城内を駆け回って身体は疲れているのに、妙に冴えた頭が睡眠を妨害する。仕方無く少し風にでもあたろうかと廊下に出た。ぼんやりと浮かんだ月が程良く陰って、柔らかい光が庭を照らしている。
声のした方を向けば、黒髪の殿方が立っていた。元々悪い視力に夜の暗がりが足されて、誰なのかまでは分からない。背の高い殿方の顔は屋根に阻まれ月明かりも遮られていた。


「…寝付けなくて」


視線を正面に戻す。池の鯉も、昼間と違い水面を揺らすことなく静かに横行していた。灯篭の長い影が縁側の端まで伸びている。
殿方は片膝を立て、無言で横に腰を下ろした。


「…お前、その右目はどうした」


右側にいる人にはまず目に付く白い包帯。きちんとした結び方をしていないせいかすぐ解けるそれは、今も緩く風を受けている。
幼少の頃に受けた傷が悪化した右目は、もう二度と光を見ることは出来なかった。昔は奥州の殿と同じ名誉の傷だとよく言われたものだ。しかし国の主なんて興味が無い私にとってはそんなことはどうでも良かった。城で働いていても会うことがないお方なのだから、自分とは無関係だと言ってもいいようなものだ。「幼い頃の傷が原因で」と短く答えれば、横の殿方は小さく息を洩らした。


「お前、名前は。女中か?」

「名と申します。こちらではお台所を任されております」

「Hmm..おい、こっち向け」


肩に手を置かれ半ば強制的に振り向けば、月明かりに照らされる端正な顔立ち。右目に掛かる黒い眼帯。反対側の射抜くような瞳。それがこの城の主だと理解するのに時間は掛からなかった。しかしそんなことは有り得ないと一度思い込んでしまった脳は目の前の事実を旨く飲み込めず、瞬きを繰り返すことしかできない。そんな私には構わず、伊達様は左手でそっと包帯を撫でた。


「…痛むのか」


静かに問うた声は噂の方とはまるで違っていて。その哀れむような瞳に涙腺が弛む。これまでもこの右目に同情する者はたくさんいたが、みんな両目が利いた。所詮“同情”だった。でも、この人は違う。ふるふると首を横に振れば、伊達様は少し安堵したかの様に口元を緩ませた。


「お前の辛さは少なからず解るつもりだ。…だがな」

「……」

「片目がねェなら、その分他で補えばいいんだよ」


いい見本がここにいるだろ。
親指を立てて自分を差し、自信ありげに笑う。月は半分ほど雲に隠れているのにとても眩しく見えた。


おそろい



伊達様は立ち上がり際にくしゃくしゃと私の頭を撫でると、早く寝ろよとそのまま元来た廊下を歩いていった。暗闇に消えた後姿をぼーっと眺めながら、お給料が貯まったらちゃんとした眼帯を買おうと心に決めた。



by eight.




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