雨が止んだ。軒先からぽたりと落ちてきた滴が頬にあたり、すっと線を描く。紅い装束に身を包んだ男はそれを指でなぞって顔を顰めた。


「…泣くほど某が厭か」

「いいえ、これは雨粒でございます」


小さく首を横に振る。解っている、言ってみただけだと。そう呟いた真田様は今にも泣いてしまいそうな表情を浮かべていた。
四角い空を見上げても、見えるのは灰色の雲だけ。そこには光も希望も有りはしない。


「明日は晴れると良いな」

「そうですね」

「そうしたら、茶屋にでも行こう」

「お団子なら佐助様に頼めば宜しいのでは?」

「某はそなたと行きたいのだ」


縁側から吹き込む雨風に晒された冷たい髪の毛を、真田様の温かい指先が通っていく。心地良くて目を閉じれば、身体が傾き温もりが全身に伝わった。背中に回された両腕に骨が悲鳴を上げる。痛みを回避しようと身を捩るとより一層強くなった。


「…真田様、私は城から出とうございません」

「たまには外の空気も吸わねばならぬ」

「それなら中庭で十分でございましょう?」


彼は知っている。私が城から出たくない理由を。それでも尚連れ出そうとするその心意気は、私が此処に連れて来られた時のそれと似ていた。普段の彼からは想像もつかない強引さ。今度もまたそうだ。


「心配せずとも良い」

「……」

「他国の者は町には入れぬよう、佐助に言い伝えておる」


だから誰にも会わないと、真田様はそう言った。例えそれが強軍の頭であっても。不意に脳をよぎった隻眼に目頭が熱くなる。屋根からの水滴は既に地上で水溜まりになっていた。


ひとしずく


翌日は気持ちと反比例するような真っ青な空だった。恐る恐る踏み出した城下は活気に溢れていて、誰もが笑顔だ。もちろん隣で団子を頬張る真田様も、私も。楽しいはずなのに、こうして他の人を想ってしまう私はなんて強欲なのだろうか



by eight.



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