しつこい女、それが、俺がその女に対して抱いていた印象だった。
「彼女いっから」って言ってんのに尚も食い下がる女。
学内に広まった噂は俺が浮気してるとか二股かけてるとか、その女が好きだから俺を殴りたいとか、なんかそんな下らないことばっか。
人徳というか人柄というか、とりあえず女を悪く言う噂がないのも更に俺をイラつかせた。

その日の放課後も、相変わらず女は俺を追いかけて教室まで来ていた。

じりじりと近寄ってきて指を伸ばすから触れるのかと思って少し身構えれば、なんでもなかったかのように手を引いて笑う。

…変な女だと思う。

毎日追いかけてきたかと思えば突然来なくなったりもする。
友人に聞いてみれば、「Hum.そりゃあ計算だな。押してダメなら引いてみろっつーだろ」とのこと。なるほど、と納得した後に感じたのは、これ迄にないくらいの怒りだった。

そんな女だ。
言うことをいちいち気にしたこともない。何を話していたかなんて覚えてない。興味もない。

それが、

教室に入ってきた俺の彼女は泣きそうな顔をして、「ごめんね」と言ったのだ。
なにが、と返す。
ロッカーに寄りかかって事の成り行きを見守る女に、苛立ちを全部当てたい気分だ。
「あたし、他に好きなひとができたの」
次いで彼女の口から飛び出したのは、絶望的なセリフだった。
それはつまり別れを意味する。
彼女はそれきり黙って、そして逃げるようにして教室を出ていった。

いなくなった彼女の代わりに、ロッカーに寄りかかる女を睨む。
畜生、この女の思い通りみてぇで胸糞わりぃ。
そうは思うのに、どうも心は揺れている。
今ならこの女でも愛しく思えるような気になってしまう。
それなのに、睨み付けたままの俺を真っ直ぐに見つめて、女は笑った。


「追いかけなさいよ。男でしょう?」

「…何だそれ、バカじゃねぇの?」


散々人を追いかけ回しておいて一体なんだって言うんだ。
お前の期待通りの展開じゃねぇか。俺と付き合いたいんだろ?


「なぁに?あたしが弱味につけこむような女に見えたの?バカじゃない?」

「………」


バカと言ってバカと言われる。
俺は今更ながら、この女の性格なんか欠片も知らない自分が歯がゆくなった。
こんなことなら話全部、聞いとくんだった。


「正攻法じゃなくちゃ意味がないのよ。いいから早く追いかけなさい」

「…なんで」

「愚問ね!逃げた恋人を追わないような情けない男を追ってただなんて、私の沽券に関わるのよ」


吐き捨てるように言い放つ女は、俺が言うのもアレだが酷くカッコよく見えた。
そう、少なくとも恋人にフラれたあとすぐに、他の女でもいいとか思ってしまった俺よりは、ずっと。


「…感じ悪ぃ」

「知ってるわ」

「…でも、ありがとな」

「…当然よ」


教室を出て、彼女が消えた廊下を見つめる。
いそうな場所を探してみようか、まずは学校内にいるかどうか確認するために下駄箱に行こう。
いなかったらとりあえずメールして、話をしてみよう。
追い縋る訳じゃない。ただ、ちゃんと向き合いたい。

走り出そうと踏み出した足。
上履きが擦れて、汚れたリノリウムの床からきゅ、と音があがった。

それを合図にしたように、教室の中を振り返る。

そこには、ロッカーに寄りかかったままの体勢で腕を組み、窓の方を見ている女の姿があった。

女はこっちを見ない。


「早く、行ったら」


吐き捨てるように呟いた女は、ゆっくりと俺を見た。


「安心してよ、もう追いかけないから」


どうやら女は、彼女の別れ話の一端は自分にも責任があると考えているらしい。
こいつに限らず、女って生物の思考は俺には理解できない。

でも、それでもいいか。

これまで散々俺を追いかけてきた女。何度も名前を教えられたような気もするけど、正直覚えていない。興味もなかった。

彼女と向かい合って、胸を張れる男になったら、少しは何か変わるだろうか。






青年の憂鬱





走りながら冷静になっていく頭。
その中に浮かぶのは、ロッカーに寄りかかる女の顔。

明日から、追いかけてみようか。
「俺の名前は、長曾我部元親だ」と。

きっとあの女は「知ってるわよ」なんて、冷たくあしらうんだろう。


by six.



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