ギシリと小さな悲鳴をあげたベッドのスプリングに、あたしは壁に背中を預けておずおずと足を開いた。
この壁一枚隔てた向こうには、小十郎がいるというのに。
はぁと吐いた息は平静より格段に熱い。お風呂上がりで髪の先から零れる水滴が肩を伝い、胸元へと流れるのを見つめながら、あたしはバスローブの裾からそろりと手を差し入れた。
くちくちと淫猥な音が響く。隣室に聞こえないよう自らの左手で塞いだ口からはただ熱い息遣いだけが紡がれる。
人差し指と中指とを自らの蜜が溢れるそこへ突き入れながら、脳裏に隣室で仕事をしている小十郎の姿を浮かべる。
喧嘩をした。些細な口論だったけれど、あたしの心を頑なにさせるには十分な。
それでも一緒に暮らしているこのマンションから出ていく気にはならなかったし、彼もまた、毎夜帰ってきた。
そうして目を合わせることもなく過ぎた一週間を思う。
二本の指で内壁を擦りながら親指で陰核を押し潰せば、殊更熱い息が漏れる。
彼の指はどうやってあたしのナカを蹂躙しただろう、彼の息遣いは、彼の腕は、彼の背中は。
途端にぞわりと背筋を這った甘い戦慄。
喧嘩中だというのに、あたしは彼の背中を見て、どうしようもなく疼いてしまったのだ。
「…っん、こじゅ、ろ、…」
聞こえないように、名前だけ。そうして零れた名前は掠れ、甘く響く。それに益々蜜が溢れる。名前を呼びながらなら、達せるかもしれない。
もどかしさを感じながら動かしていた指を更に激しくし、腰を揺らす。
「ふ、っう…こじゅ、っ」
「…呼んだか」
幻聴だと思いたかった。
低い声はそれほどまでに近くから降ってきたのだ。
思わず、止めた指を引き抜く。途端にトロリと内腿を辿る液体に顔が熱くなる。
「…やめちまうのかよ」
「な、んで…」
恐る恐る声のする方を見上げれば、そこには予想に違わず意地の悪い笑みを浮かべた小十郎の姿。
「謝ろうかと思ったんだが、寝てたら明日にするつもりで入ってきた」
「…つまり忍び込んできたのね…」
ひくひくと疼く下半身をなるべく無視して着崩れたバスローブを着直す。
「…やめちまうのか」
「…何度も聞かないで…!」
「ククッ……いや、悪ぃ…余りにも可愛いもんだから」
ギ、とスプリングが跳ねる。彼の膝がベッドに沈み、そして彼はあたしに手を伸ばした。
「悪かったな、…俺が言い過ぎた」
「ほ、んとだよ」
「一週間変な気ぃ遣わせちまうし、…今も、自慰なんてさせちまうし」
口許は笑っているのに、目はギラギラとまるで獣のようだ。伸ばされた手があたしの肩を掴んで、シーツの上に押し倒す。
彼が自分のシャツはそのままにスラックスの前を寛げ、そしてあたしの片足を肩に掛けるのを見て、ようやくあたしは事の次第を把握した。
「こじゅっ!何、して」
「あぁ?挿れんだよ」
「な、んでっ」
「辛ぇだろ?」
ぬるり、既に高ぶったその雄の先端が確かめるように合わさる。彼の吐く息が首筋にかかって思わず下半身に力が入った。
「ば、かぁ…!」
ずちゅ、彼を咎めようと肩に手をおいた瞬間一気に奥まで突き入れらたそれに背筋を反らしてしまう。
くちゅっくちゅっ、と規則正しい律動があたしを追い詰めていく。その上では小十郎が眉根を寄せて、歯を食いしばる。
「くっ…、…っ」
「あっ、んんっ!あっあっあっ!だ、め、ぇ…!」
白く弾けた頭の中、脱力しきったあたしの頭を撫でる彼の手のひら。
ちらりとあたしの瞳を捉えた視線は、さっきまでとは打って変わって優しい。
「…名が一人でイくまで、見てるつもりだったんだがな」
「あ、悪趣味…!」
「まさか俺を呼びながらヤるとは思ってなかった」
彼の低い声が直接脳内に響く。それを感じる度にきゅうと下半身に力が篭ってしまうのと同時に、埋め込まれた雄の質量が変わっていないことをまざまざと感じてしまう。
「だって、…そのままじゃ、イけなかったの…」
「…そうか、なあ、俺もイかしてくれよ…」
嬉しそうに目を細めて、またゆるゆると腰を揺さぶり始めた小十郎。一度瞼をぎゅっと閉じて、彼の肩に腕を回した。
「……ゆ、るしてあげる、から、」
「は、…っ…あぁ」
「気持ちよく、して…っ」
「…しがみついてろ」
近づいてくる彼の顔に目を閉じて、甘い息を交換するように口付ける。
離れた唇を目で追うあたしに、彼は目を細めて笑った。
言葉より素直な熱
「…いつから見てたの」
「ンなの覚えてねぇよ。堪えんので精一杯だ」
「あたし全然気がつかなかった」
「夢中だったからな。………あーでも」
「…何よ」
「真正面から、見てみてぇな」
「…ばか…!」
小さな喧嘩がうやむやになってしまったベッドの中、彼が私の頬にキスを一つ落とした。
by six.