透明な硝子板で整えられた箱の中、揺蕩う紅い帯。
墨を落としたような色の瞳で金魚を見つめていた、あの幼い背中。


久々にその屋敷に向けた足に、特に意味はない。ただ、元気でやっているだろうか、不自由はしていないだろうかと、それだけ。

名の知れた商家の娘、縁談は山のようにあったらしいが彼女はそれを頑なに拒んでいるらしい。それも、無理に話を進めようとすると必ず相手が死ぬ。一度目は手首を切り落とされ、二度目は腹を貫かれ、三度目は首を斬られ。

彼女がやったのだ、と人々は噂する。彼女は否定も肯定もせずに、曖昧な笑みで答えるのだという。「罰が当たったのだわ」。


「…あら、片倉様」

「よぉ、久々だな」


屋敷の垣根から、彼女がいるであろう部屋へと視線を寄越せば、彼女はまるで今日俺が此処へ来るとわかっていたかのようにその場にいた。


「本当、何年振りかしら」

「さあな、数えんのも面倒だ」


過去を懐かしむような面持ちで俺を見つめる眼差し。俺が視線だけで「入ってもいいか」と尋ねると、彼女は微笑んで馬を繋いでおく杭を指差した。


「それで、ご無沙汰ですけど何かあったの?」

「いや、…特に用があるわけじゃあねぇが」

「そう…」


彼女の部屋をぐるりと見回す。そこには記憶と寸分違わない硝子の箱が鎮座している。
しかし、肝心の中身はただ透明の水だけ。


「…金魚はどうした」

「だって、直ぐに死んでしまうんだもの」

「世話が悪ぃんじゃねぇか」

「…酷い人」


彼女の手が俺のための茶を注ぐのを横目に、彼女の後ろに散らばる紙切れに視線をやる。


「……次は、どいつだ」

「大丈夫、…物怪憑きの縁談はまとまらないもの」

「は、いつの間に俺は物怪になったんだ」


彼女の縁談相手を殺してきた手で彼女の細い手首を掴む。


「3人目からかしら」

「……政宗様に慶事があったら、すぐに迎えにくる」


彼女がふわりと笑んで、頷く。


「…誰にも、やらねぇよ」


掴んだ腕を引き寄せてその細い身体を抱き締める。


「ねぇ、やっぱり金魚が欲しいわ」

「あぁ」


透明な硝子板で整えられた箱の中、揺蕩う紅い帯。
墨を落としたような色の瞳で金魚を見つめていた、あの幼い背中、今俺の腕の中で身体を任せる細い背中を撫でながら、細く息を吐いて脳裏に政宗様の姿を浮かべた。


「もうすぐだ…もうすぐ、田村から女を一人寄越させる」

「……酷い人」







禍福は糾える縄の如し>






「今更だ」

「そうね…その時までに貴方が何人殺すか、賭けましょうか」


俺が彼女を抱き締める横を通りすぎた風が、次の標的の名を浮かべる料紙を飛ばした。



by six.



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