この世界、浮気現場がニアミスする確率は果たしてどの程度のものだろうか。
しかしはっきり言えることは、あたしは確かに異性とお酒を飲んで、頬や指や首にキスされて腰を抱かれて「こいつ本当に日本人か」と思ったけれど、浮気じゃない、ということだ。
その証拠に唇は守ったし、勿論身体も守りました。
しかし困ったことに、目の前でこっちを見下ろす彼には確実に浮気として認識されている。それくらいわかる。
彼の視線はそれくらい冷ややかだし、射抜くほど鋭いし、ともすればこの場で殺されてしまいそうなほど怖い。
その隣にはパープルのカクテルドレスに身を包んだモデル体型の美女。…確かこの人、このバーの歌姫だ。
「……テメェ、何してんだ」
「ま、…伊達さんこそ」
今二人が上がってきた店内の階段のその先にはVIPルームがある。あたしもお世話になったことがある。酔いつぶれた時とか友達の誕生日パーティーとか。
その時はなんでVIPルームにシャワールームとアメニティ?奥にベッド?バスローブ?とか思ってマスターである猿飛さんに聞いたけど、猿飛さんは曖昧に笑っただけだった。
…そういうことか。
気がつくのが遅すぎる。
それでなくともこのバーは会員制で、会員は今あたしを睨み付けている政宗。
あたしはその恋人という立場でおこぼれに預かっているだけなのだ。当然来る回数は極めて少ない。
つまり知る機会に遭遇したことがなかったのだから、まぁ仕方ないだろう。…まさか自分の恋人がその「機会」になろうとは予想してなかったけど。
彼の隣の歌姫は「あらあらどうしましょう」みたいな余裕な表情で微笑んでいる。
別にどうもしなくていいんですよ貴女は。
「その男、誰だ」
「ん?友達になったの」
カウンターの中では猿飛さんがカクテルのシェイカーを振りながらちらちらとこっちの様子を伺っている。
「…猿飛さんも、教えてくれたらよかったのに」
「お客様の事ですから」
にっこり笑って一刀両断。
つまりノータッチですよ、と。…勉強になります本当。
あたしの隣の男性はただならぬ空気にすっかり酔いも醒めたらしく、縮み上がってあたしから手を引いている。
「…来い」
政宗が不機嫌な溜め息をひとつ。それを合図にしたように、あたしの手首を掴んでズルズルと歩いていく。
ん?あれ?
こっちって例のVIPルームじゃ。
目を見開きながら後ろを振り返ったら、困った顔の猿飛さんと目が合った。その前では歌姫が今まであたしにベッタリだった男性に擦り寄っている。
…さすがです、歌姫。
「だ、伊達さん」
「あぁ?名前で呼べよ」
「…政宗、えっと」
「なんだよ」
「このままだと階段転げそう」
手を離してよ、そんな抗議を含めたはずなのに、彼は簡単にあたしの身体を横抱きにして、重い扉を開いてしまった。
ジーザス!
「ちょ、ねぇ!歌姫とイイ思いしたんじゃないの?」
「今更気づいた。どんなイイ女でもお前の代わりにゃならねぇよ」
低い声がよく通る室内。
パーティールームを抜ければそこはベッドルーム。
え、マジですか本気ですか。
「後は、お前の消毒だ」
さっきの男性にキスされた首筋に、がぶりと歯を立てる政宗。
あ、あたし食われる。
確率の低そうな出来事の終盤、あたしは揶揄なんかじゃなく本気でそう思った。
by six.