「それで、褒美は如何であった」

「あら嫌だ。そんな無粋なこと聞かないで」


冗談だと思って聞き流した大将の「今夜は宴」の声。
しかし現実にささやかながらも宴は催され、大将の隣には当然のように名ちゃんがいる。

旦那が際限なく酒を飲むのを静止しながら彼らをちらちら見ていたら、突然大将が含み笑いでそんなことを言い放った。
ぼとりと手から盃が落ちる。

本来忍がこんな席に同席するなんありえない。
でも名ちゃんのはからいによって、俺の同席が決定した。

既に空だったそれは畳の上に転がり、顔を赤くした旦那が「どうしたのだ」と熱に浮かされたような声で問う。


「折角の褒美だったのだから、もっと嬉しそうな顔をしててもよかろう」

「でもやっぱり仕事中はダメね」

「ふむ、…違うものかね?」

「違うわよー。あたしは佐助さんの、もっと切羽詰った表情が見たかった!」


隣では旦那が「佐助がどうかしたのか?」ともごもご言いながら二人ににじり寄る。
その光景を見ながらまた思う。

…この二人、仲いいな。

親子ほど年の離れた二人なのに、取り巻く空気は柔らかく、同じものを感じさせる。
直属の部下にしては砕けた物言いをする名ちゃんは明らかに、団子屋で働いていた名ちゃんと別人だ。


「はっはっは!佐助で満足できんかったのなら、どうじゃ、今宵」


言うが早いか。
俺は名ちゃんの腕を思わず掴んだ。


「なに?お酒注いでくれるの?」


にやにやと嫌な笑みを浮かべる名ちゃんに、これまたにやにやとしてやったり顔を浮かべる大将。
そして何がなんだかわからない、と言う表情の旦那。

旦那は知らなくていいの!


「…注いであげるから」

「んー?」

「ずっとこの部屋にいなよ」


意識せずとも弱くなってしまった語尾に、少なくとも感情は「仕事」じゃなかったんだよ、なんて心の中で言い訳をする俺は、今絶対に忍とは言えない。


「佐助もそう言っておるし、どうじゃ。しばらく滞在しては」

「んー、でも不穏な動きは見過ごせないなー」


大将と一緒に水のように酒を飲んでいたと言うのに、名ちゃんの顔色は変わらないし、言ってることもまとも。
なに、あんた方は飲み比べでもしてるんですか。


「気にせずとも、名が滞在するのならそんな仕事佐助が引き受けるだろう、な」


「な」じゃないよ。何その無駄に爽やかな笑顔は。
その隣で「そうなの?」とでも言いたげにことりと首を傾げる名ちゃんの上目遣いは、確かに俺が惹かれた団子屋の名ちゃんで。

わかってる。同一人物だってことはわかってるし、どっちの名ちゃんも本物だってことはわかってる。

でも、なんか悔しいんだよ。

俺だけが知ってると思ってた小さな仕草を大将に前で惜しげもなく披露しちゃう名ちゃんが。


「…これ以上酷使されたら俺様使い物になんなくなっちゃいますって」


目の前で「それもそうだ」と笑う二人。

いつからの知り合いなんだよとかなんでそんなに仲良いんだよ主従の関係じゃないのかとか、言いたいことは沢山あるし聞きたいことも山ほどある。

でも、目の前で大酒を飲む諜報の名ちゃんが、俺の好きになった団子屋の名ちゃんと同じように俺に笑うから、


…まあ、そういうことにしといてあげるよ。


「でも、そうだね。」

「…何が」

「折角のご褒美にたった一回ってのも淋しいね」


へらりと笑った名ちゃんの膝枕でうとうととまどろむ旦那の頭を蹴っても、今なら許されるような気がする。


「……酒の勢いだなんて、言わないでよ」

「じゃあ言わせないように努力して」


隣では大将が盃を仰ぎながら名ちゃんの頭を撫でた。


……あぁもう!

だからあんた方、実際どういう関係なんだよ!



by six.



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